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炎上する図書館

 日影譲吉『内部の真実』が創元推理文庫で復刊されたのはファンとしてとても喜ばしい思いです.第二次大戦中将校として台湾北部に駐屯していた作者の体験を元に書かれた,台湾を舞台にした一連の創作の頂点をなす作品です.
 この作品の中で不思議に印象深いのが,主人公が台北の本部に出張した際,空襲で炎上する大きな図書館を目撃した様子がさりげなく書き込まれていることです.窓からもくもくと煙が出ていたとしか書かれておらず,それ以上何の感慨もありません.
 戦火のニュースに接するたびに,炎上する図書館のことを思います.
 戦争のたびに図書館が燃え,あるいは書物が略奪され,紙媒体の文化財はひどいことになります.略奪図書については,学者達の醜悪な言動も記録に残っています.
 有名なのはベルギーのルーヴァン大学の図書館で,第一次世界大戦と第二次世界大戦と,2度にわたって侵略してきたドイツ軍に破壊されました.(それこそ地政学的に,同じ事を企むと同じような作戦にしかならないのでしょうが)戦後の再建大会の写真を見ると,廃墟に「ここにドイツ文化終わる.」” Ici finit la culture allemande.”と書かれた横断幕が掲げられているのも悲惨です.(下の本のカバーに使われています.)

 ヴォルフガング・シヴェルブシュ (著), 福本 義憲 (訳)『図書館炎上―二つの世界大戦とルーヴァン大学図書館』(法政大学出版会 1992年)

 しかし他方で,ロンドン大空襲の後でも,天井が抜け,床が傾いた図書館に,何食わぬ顔で市民達が本を読みに来ている有名な写真を見ると、戦火にもめげず本を通じて知識や楽しみを得ることを止めなかった人々の姿に励まされます。この写真はネット上でいくらでも見ることができますが,私はまだネットのない時代に,下の書の旧版で初めて目にし,深く感銘を受けました.

 アルベルト マングェル (著), 原田 範行 (訳)『読書の歴史―あるいは読者の歴史』(柏書房 新装版 2013年)

 戦地でも兵隊達に図書は熱く求められていたようです.つい最近下の書でその事実を知り,日本軍で聞いたこともなかったので,随分驚いた次第です.

 モリー・グプティル・マニング (著), 松尾 恭子 (訳)『戦地の図書館 (海を越えた一億四千万冊)』 (東京創元社 2016年)

 しかし第二次世界大戦が終わっても,戦火は収まりません.学校や図書館が徹底的に破壊され,それどころか学ぶ主体の子供達自身が残虐に命を絶たれています.
 そして同じように,人々は戦火の中でも本を守り,むさぼるように読んでいます.

 ジャネット・ウィンター (著), 長田 弘 (訳) 『バスラの図書館員―イラクで本当にあった話』(晶文社 2006年
 デルフィーヌ・ミヌーイ (著), 藤田 真利子 (訳) 『シリアの秘密図書館 (瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々)』(東京創元社 2018年)

 ところが戦火がないのに,日本では紙の本はもはや置き場所もなく,人手も予算もない図書館は,貴重な図書を次々に廃棄せざるを得ないところに追い込まれています.電子化が進んでいるのが救いですが,まだまだ万人が容易に近づけるものではなく,集約された分,一瞬にして大量のデータが失われる危険性もあるでしょう.
 即戦力にならない知識は無駄なものとされ,憎まれ,疎まれ,捨てられるのです.図書館が炎上し,紙の書物が惜しげも無く廃棄される時は,即戦力にならない弱い立場の人間がないがしろにされ,滅ぼされていく恐怖の時代だと思います.

 何度鼻先で笑われ,唾を吐きかけられても,炎上する図書館の意味する恐怖を,もう一度伝えていきたいと思います.どうぞまた気の済むまで,この頭の悪いセンチメンタルな老人を罵倒し,乱暴を働いてください.

 道行く人よ,何とも思はざるか.

 口を塵につけよ,あるひは望みあらん.


入学おめでとうございます!

 本日午前中,千葉ポートアリーナで千葉大学大学院入学式が行われました.約1200人の新入生が学長より入学を許可されました.人文公共学府では58名の新入生を迎えることができました.

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます.本学府に集まってきて下さって,ありがとうございます.
 学長は祝辞で,他分野の成果をよく注意して学べ,知的リーダーに相応しい人格を陶冶せよ,と皆さんを励ましました.いつもながら,徳久学長の飾りも衒いもない,篤実な助言です.私のような「文学青年」崩れで,ひねくれた「名言」を物心ついてからもてあそび尽くしてきた人間にとっては,この年になって学長のような素直な言葉が本当に身にしみます.学長の誠実な助言が,皆さんの心にも届きますように.わが人文公共学府の理念も,学際性と社会性であります.及ばずながらみなさんの援助をしたいと思います.

 どうかよろしくお願いいたします.

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辞書の話

 新入生の皆さんに,大学に入って先ず知って欲しいことは,辞書との付き合い方です.(大学院の新入生の方にも改めて知ってもらいたいと思います!)Oxford English Dictionary (22冊)や,Grimm の Deutsches Wörterbuch(32冊)や Duden のシリーズ,Le Petit Robert や Le Petit Larousse を是非手に取って、調べ倒して欲しい.そしてこれらを手掛かりに,希独辞典だの羅仏辞典だの梵英辞典だのを使い,語学の検索能力を高めて行って下さい.大抵のものは電子化されていて,多くはフリーで使えます.EPWing という電子辞書作成用のフリーソフトもあり,またこの辞書のためのデータもフリーで公開されています.

 最近ツィッターで,話題になっていましたが,その昔,ドイツ語の vogelfrei という語を字面だけ見て誤解し,「鳥のように自由」という意味で,束縛から解き放たれた喜びを表すという史料解釈を学会で口頭発表した若手の研究者がいて,その場で大家の先生に叱り飛ばされたことがあったそうです.(実際には前近代の法制用語であり,「追放され・諸権利を剥奪された」という意味で、「鳥のついばむに任せる」という語感のようです.)
 Pennsylvania Dutch を「ペンシルヴァニア・オランダ人/語」と訳すと,英語の先生からは一斉に訂正と嘲笑を受けます.ドイツ系移民のことで,英語の古い用法に従って「ペンシルヴァニア・ドイツ人/語」と訳すべきところです.
 ま,こういうことのないように,丁寧に辞書を調べておかねばなりません.

 授業に出られれば良いですが,時間割に自由が利かない場合も多いから,時間が取れる時に(夏休みより春休みですよ!)かためて独習して,質問があれば気軽に来てください.この春は,広くお知らせできなかったのですが,要望があったので,ドイツ語講読とフランス語入門と古代ギリシャ語入門(ただしドイツ語の教科書)と韻律論(主に音楽理論と言語論)の自主ゼミをしました.時間切れでどれも中途半端に終わり,心残りなことです.

 ついでに辞書といえば,忍足欽四郎『英和辞典うらおもて』(岩波新書,1982年)とか,サイモン・ウィンチェスター(鈴木主税訳)『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』(早川書房,1999年)とか,気楽に読める本がありますから,辞典がどうやって作られてきたか,覗いてみてください.100年かけて辞書を作るということがどういうことか,その昔私などは胸を躍らせて読んだものです.ああそうだ,三浦しおん『舟を編む』という小説も,またその映画も,アニメも,なんと辞書作りをテーマにしたエンターテインメントで,お薦めです.(しょぼしょぼした演技が天下一品の松田龍平のファンなので)

 けれども,他方で辞書というものが盤石で無謬の「解答集」だと思わないように,批判的な付き合い方も是非知ってほしい.何年かに一度そういう授業をします.有名なのは,ある国語辞典に、「嫌悪」の意味を「嫌い,憎むこと」と書いてあり,「憎悪」のことを「憎み,嫌うこと」と書いてあったというエピソードです.
 こうなってくると,何が正しい意味か,用法か,辞書に書いてあるからといって鵜呑みにはできません.
 国立国語研究所が定期的に調査をし,たとえば「憮然とする」というのは本来「意外な成り行きに驚いたり自分の力が及ばなかったりで、ぼうっとすること」という意味ですが,もう半数近くの人が「ムッとしている様子」と誤解している,といった調査結果を発表します.大変興味深い調査で,毎回話題になりますが,語彙によっては,8割の人が誤用している,などというのもあります.8割の人が誤用しているのなら,もうそっちが正解なんじゃないだろうか,とさえ思ってしまいます.
 辞書には,「正解を記録する」という任務から進んで,「正解を決める・押し付ける」という働きを持つこともあるから要注意です.「小春日和」というのは,春の天気の良い日のことではなく,11月から12月にかけての天気の良い日を指す(「小春」というのは旧暦10月のことなので)などというあたりなら,へえ,知らなかった,で済みますが,語彙の中には特定の価値観や主義主張が入ってくるものがあります.過激な説明で話題になった三省堂の『新明解国語辞典』では,以前「凡人」の説明に,家庭や持ち家を大事にする人をあからさまに侮蔑する記載があって驚いたものです.
 辞書は明確な思想書,プロパガンダの書物ではないだけに,逆に辞書に含まれている思想性や価値観の見えない影響力には無視できないものがあるのです.

 ドイツ語の上級者なら,Herman Paul の Deutsches Wörterbuch や,Trübner の Deutsches Wörterbuch(8巻)を薦められます.パウルのものは,数を絞った基本語彙の意味分類と用法が極めて明晰に詳しく書かれていてとても勉強になります.誰しも最初から読み通そうと思って,失敗します.トリュープナーのものは,語彙の説明が文化史的に詳しく,興味深いものです.ところが,その「文化史」というのが曲者です.
 トリュープナーというのは出版社の名前で,実際の編集者はアルフレート・ゲッツェ(Alfred August Woldemar Götze 1876 - 1946)です.グリム大辞典の後継にして現代版を託されたこのドイツ語学者は,ナチス党員で親衛隊員でありました.その思想的立場が随所に現れていて,特に「ユダヤ人」の項目などは,読むに堪えない記載でありました.他の部分の出来が良かったので,第二次世界大戦後に Walther Mitzka (1888-1976)が改訂に着手しましたが,途中までで終わってしまい,以後そのまま放置されています.
 性的マイノリティや精神障害等に関して,辞書がどのような説明を与えてきたかを考えれば,まだまだ私たちが検討し,改善していかなければならない問題は多いようです.

 静かに卓上で辞書を引く,という行為は,実は結構アクチュアルな諸問題と直結しています.
 新入生の皆さんには,少しでもこの感覚を知ってもらいたいと思うのです.

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修了おめでとうございます。

 本日午前中,千葉大学大学院の修了式.午後わが学府では西千葉に戻り,学位記伝達式でした.数十人の学識と教養のある人材を世に送り出せ,学府として社会に貢献できたのを嬉しく思います.
 修了生の皆さん,おめでとうございます.

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都筑道夫の翻訳裏話

 好きなミステリー作家は,何と言っても日影丈吉ですが,都筑道夫も好きで随分読みました.その都筑道夫に,『推理作家の出来るまで』という上下2巻の自伝があります.
 昭和4年(1929)に東京小石川の漢方薬局の子に生まれ,ずっと東京で育った人なので,古い東京の風俗や言語習慣に詳しく,それに関する豊富な話題だけでも興味はつきない本です.また早川書房で『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の編集長として,英米ミステリの紹介に尽力し,自らも名翻訳家として活躍した人ですので,第二次大戦後の日本翻訳文化史の裏話がまた貴重なものばかりです.都筑道夫が残した足跡が余りにも大きいので,早川書房にかなり長くいたのかと思っていたのですが,実際には1950年代の後半数年間であったようです.それだけ本人も,また時代も,回転が速く,生産力が高かったのでしょう.焦土からの再出発というのは,こういうことでもあったのかと感慨深くもあります.
 1950年代にはもちろん海外にすぐ行ける状態でもなく,情報も今のように簡単に手に入らないから,翻訳にも苦労が多かったそうです.一例として上げていたのは,グレープフルーツというものが小説に出てきても,何のことか分からなくて苦労した,という話です.英語の百科事典などで調べるのですが,それでもイメージが湧かない.いまなら画像検索で一発ですし,そもそも実物が身近にいくらでもあるわけですが,当時は柑橘類だということすら分からない.(「ブドウのように実るオレンジ」だと聞かされても,今の私でも分かりません)仕方ないので,グレープフルーツとカタカナ書きにして,ボロの出ないように誤魔化して訳しておいたということです.些細なことですが,翻訳で苦労するのはむしろこういう小さな事なのです.
 あるとき旧帝大の高名な英文学の先生に翻訳を依頼したところ,"yes, yes and yes !" という台詞の一部を「そうだ,そうだ,そして,そうだ」と訳してきた.編集部でもこれはあんまりひどい訳文ではないかと思い,訂正を依頼したら,権威ある先生なのでお怒りになり,その翻訳を断ってきたそうです.それ以後しばらく早川の編集部では,「そうだ,そうだ,そして,そうだ」という言葉が流行ったそうです.―――ちなみにこの「名訳文」を,大衆文化研究や翻訳研究に携わる若い同僚に見せてみたら,私ほどの違和感は抱かないと言うことでした.それほど「翻訳調の悪い日本語」と昔なら言われたような日本語表現が現代に蔓延し,ついに当たり前になって,その中で育った世代が日本言語文化を担う時代になったようです!
 もっと凄い話は,都筑道夫自身が英米ミステリ名作集のある短編の翻訳を担当することになったが,時間がない.そこで最初の方だけ英文を読み,設定だけ掴むと,後は創作したというのです.都筑道夫の創作ですから,それはそれで良い作品ではあったのだと思いますが,それにしてもひどい.著作権の考え方も徹底していなかった時代です.英米でも雑誌に載るエンタテインメントは使い捨てのことが多く,埋もれたり失われた作品や,素性が分からなくなってしまった作家が結構います.海外の情報を得るのが楽ではなかった時代なので、逆に日本でもこういうことが可能だったらしい.南洋一郎の創作ルパン以上の蛮行です.(さすがに都筑道夫も,それが具体的にどの作品であるかは明かしていません)
 この話には更に続きがあります.何年も経ってから,この「ニセ翻訳」作品の改訳が別の出版社から出るということになりました.これはてっきり悪行がばれると思い,ヒヤヒヤしていたが,何事もない.出版された「改訳」をそっと見てみたら,自分の作った創作の「ニセ翻訳」が,ちょっと手直しして掲載されていたというのです!
 実際には,エンタテインメントだけではなく,芸術性の高い文学作品の翻訳でも,あの頃はこれに類した話が結構あり,私も耳にしたことがあるのですが,まだ関係者も存命なので,とても笑い話として紹介することは出来ません.都筑道夫が明かしている話の紹介であればまだ許されるでしょう.
 実際にはここまで掘り下げていかないと,翻訳文化史研究などはなかなか本質に至れるものではありません.いやそもそも翻訳とか,翻訳の良し悪しをあげつらうとか,翻訳を楽しむとか,そういうこと一切が,こういった先人たちの泣き笑いの積み重ねの上にあるのだと,これ抜きにはあり得なかったのだと,賛嘆と愉快の相半ばする思いを抱くのであります.

塚本邦雄全歌集

 少し情報が遅れたのですが,文庫版の『塚本邦雄全歌集』が刊行開始されたと聞いて,直ぐに求めました.気が付くと,前衛短歌の三大歌人とされた塚本邦雄,岡井隆,寺山修司の歌集が,いつの間にか手元にないのです.岡井と寺山の歌集も買いました.確か持っていたはずなのですが.しかし40年は前の話です.まるで昨日のことのように,確かあったはずだと思っている方が可笑しいのかも知れません.

 マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司
 走れ、わが歌のつばさよ宵闇にひとしきりなる水勢きこゆ 岡井隆
 革命歌作詞家に凭りかかられてすこしずつ液化してゆくピアノ 塚本邦雄

 懐かしくもあり,くすぐったくもあります.その必要もないはずなのに,このタイプの詩歌の世界から随分離れていたことに,後ろめたい気持ちもあります.本当に,そんな風に恥じる必要もないはずなのですが.恥ずかしさと言えば,先日藤井貞和の詩を読んだときにも,これ以上の羞恥を感じました.
 思うに,自分も立派に言葉を研ぎ澄まし,問い続け,それで何事かを自分も生み出しうると傲然たる気持ちでいられた時期を,幸せだったとは回想できないのでしょう.恐る恐る若い教え子に見せてみたら,昭和臭のぷんぷんする厨二病と,例によってばっさり切り捨ててくれました.老大家たちと若い同僚にはさまれて,小突き回されてきた人生だったし,それが結局一番性に合います.

 日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も 塚本邦雄

「印度の虎狩」

 「印度の虎狩」というのは勿論,宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」に出てくる架空の楽曲のことです.金星交響楽団のチェロ奏者ゴーシュ君は,(ベートーベンの)第六交響曲がどうも上手に弾けず,指揮者に叱られてばかりいましたが,夜毎に一人暮らしのゴーシュ君を訪ねてきて,思いもかけない理由でゴーシュ君の音楽を所望する動物たちと交流する中で,自分の音楽を見いだしていくのでした―――そのとき,生意気な猫が希望する「トロメライ,ロマンチックシューマン作曲」の代わりに,「嵐のような勢い」で弾いたのが「印度の虎狩」で,聞いているのが辛いような激しい曲だったので,くだんの猫は「眼や額からぱちぱち火花を出し」,「口のひげからも鼻からも」出し,「ご生だからやめてください」と懇願しますが,それでもゴーシュ君は演奏を止めなかったので,「猫はくるしがってはねまわったり壁にからだをくっつけたりしましたが壁についたあとはしばらく青くひかるのでした.しまいは猫はまるで風車のようにぐるぐるゴーシュをまわりました.ゴーシュもすこしぐるぐるして来ましたので,『さあこれでゆるしてやるぞ』と云いながらようやく止めました.」
 このほか,かっこうに音楽を教え,子狸の小太鼓の練習のために「愉快な馬車屋」を一緒に弾いてやり,病気の子ねずみのために(体に良いというので)「何とかラプソディーとかいうものをごうごうがあがあ」弾いてやったりします.おかげで子ねずみは元気になります.
 1982年に高畑勲監督が『セロ弾きのゴーシュ』をアニメ映画にした時,歴史的名作であるこの映画化の音楽を担当したのが間宮芳生で,上の架空の諸曲のうち,「印度の虎狩」と「愉快な馬車屋」をオリジナルに作曲し,「何とかラプソディーとかいうもの」にはベートーベンの第六交響曲の第二楽章を当てています.
 青年の自己実現・自己表現に至る苦闘,社会や自然との関わりを,音楽家と動物の交流においてファンタジックに描いた,宮沢賢治の有名な美しいこの作品のテーマとは別に,猫をこれだけ混乱させた「印度の虎狩」が一体どんな曲であったのか,純粋に好奇心が湧きます.―――作品の最後で,動物たちのおかげで見違えるほど上達したゴーシュ君が本番で見事な演奏をすると,万雷の拍手で,独奏のアンコールを求められ,やけになってまた「印度の虎狩」を弾くと,意外や聴衆も一生懸命耳を傾け,ゴーシュ君は更なる喝采を浴びます.恐かった指揮者からは「ゴーシュ君,よかったぞお.あんな曲だけれどもここではみんなかなり本気になって聞いてたぞ.」と言ってもらえます.してみると「あんな曲」ではあるらしい.

 しばらく読み返してもいなかった宮沢賢治についてこんなことを思い出したのは,別の調べ物をしていて,たまたまレオ・オーンスタイン Leo Ornstein (1893-2002) の「野蛮人の踊り Danse Sauvage」を聞く機会があったからです.20世紀初めのアメリカのクラシック音楽界を震撼させたこの曲は,今聞いてみれば,当時としては精一杯の挑発的な和音やリズムを手当たり次第にかき集めただけの,やんちゃな少年の悪戯にしか見えません.だから「印度の虎狩」を思い出したのです.猫を追い出すためだけの「あんな曲」であれば良いわけですから!

 新しい調和や美を求めて様々な創作が行われている訳ですが,ちょっと裏返して,不調和や不快・不安,醜さをどう表現するかを見ると,同じ芸術家の調和や美についての考えが反ってよく見えて来たりします.そして私たちの調和や美についての感性が,時代と共に,つまりは創作者達の営々たる努力と共に,変化し,作り上げられてきたことも分かります.
 中世では5度や4度が美しいと思われていて,3度6度は「不協和」と感じられていたそうですが,楽器の進歩もあったのでしょう,時代を先取りした音楽家達が研究を重ね,3度6度が私たちの知る安定した美しい響きの中心に置かれるようになります.そうなると,5度4度などは空虚な響きに感じられるようになり,なるべく避けるようになる有様です.(連続5度の禁,並達4度の禁!)
 逆にこういう安定感が確立してくると,ここから様々に逸脱して,不安や不快を演出する技法も研究されていきます.ドニゼッティの「ルチア狂乱の場」などがその成果ですが,今聞くと,それほどの「狂乱」でもありません.
 もうクラシック音楽による古典的な調和と美の破壊,新しい不安と不快の中の美の創造は,行くところまで行っていて,12音技法や微分音,トーンクラスターや偶然性音楽あたりでもう,万策尽きています.ただの破壊や挑発すらもう直ぐにはできないし,少々のことでは誰も驚きません.
 なぜ一般大衆も驚かないかというと,クラシック音楽が次々と開発した技法を,映画音楽やゲーム音楽が貪欲に吸収し,普及してしまったからです.

 コルンゴルドやカステルヌオヴォ=テデスコといった亡命ユダヤ人が持ち込んだ後期ロマン派の大仰なオーケストレーションが,ジョン・ウィリアムズを通してハリウッドの映画音楽の定番になりました.「スターウォーズ」のあのなじみ深い音楽は,マーラーやブルックナーの輝かしいなれの果てなのです.ヒッチコック映画の音楽を担当したバーナード・ハーマンが現代音楽の「不安」の技法を大衆化しました.スリラー映画の音楽は,シェーンベルクの実用的戯画化なのです.
 上で触れたオーンスタインを調べていたのは,この辺りの音楽史をもう一度勉強し直していたからです.
 オーンスタインは,若気の至りの無内容な挑発と心中などしませんでした.そもそも資産家に生まれた彼は,演奏家としても作曲家としてもさっさと見切りを付けると,音楽家の夫人と共に音楽学校を設立して成功します.練習曲用に作ったとおぼしい,見違えるような保守的で親しみやすい小品をたくさん残しています.
 オーンスタインが2002年になくなった時,多くの死亡記事が,同時代に影響力のあった評論家ジェームズ・ハネカー James Huneker (1857-1921) の言葉を引きました:

 I never thought I should live to hear Arnold Schoenberg sound tame, yet tame he sounds—almost timid and halting—after Ornstein who is, most emphatically, the only true-blue, genuine, Futurist composer alive.
 「まさか生きているうちに,アルノルト・シェーンベルクが温和しく聞こえることがあるとは考えもしなかった.しかし温和しく聞こえるのだ――それどころかほとんど怖じ気づいて足取りもおぼつかないようにさえ聞こえる――オーンスタインを聞いた後では.大げさな言い方になるが,この現存する唯一の,正統派で,天才的で,未来派的な作曲家を聞いた後では.」

 今聞けば,シェーンベルクと比較するのも申し訳ないような感じがします.しかし今まで聞いたこともない「不協和・不安」の前に当時のアメリカ聴衆がおろおろし,物事の区別もつかなかった様子がよく分かります.
 (因みに,このハネカーの言葉を,どの記事も孫引きをしていて,出典が正確に分かりません.ハネカーのめぼしい著作はざっと目を通してみたつもりなのですが,見つからないのです.どなかたご教示下さいませんか.)

 アメリカでしか見られない,新たな音楽史の一面がここに切り拓かれたように思います.前時代の貴族趣味を押し戴き,金と時間と権勢で趣味を練り上げた「旦那衆」とその取り巻き連中が,職人としての芸術家に仕事をさせる,というパトロン=クライアントの構図から,保険会社を経営していたアイヴズやこのオーンステインのように,実業家自らが芸術家となって芸術界をリードしようとする形が生まれたのではないか.―――

 そんなことを考えながら「印度の虎狩」にもう一度眼を戻すと,宮沢賢治の音楽論・芸術論に更に深い可能性が探れるような気もしてきます.これはさすがに研究史で明らかにされていることでしょう.それより皆様にお勧めは,高畑勲監督「セロ弾きのゴーシュ」です!まだの方は是非どうぞ.

三宅明正先生,高橋久一郎先生,水上藤悦先生さようなら

 今年度いっぱいで,日本近現代史の三宅明正先生,ギリシャ哲学の高橋久一郎先生,オーストリア現代文学の水上藤悦先生が揃って定年になり,本学を去ります.皆さん本大学院が大変お世話になった方ばかりですのに,それぞれの最終講義・お別れ会も先週立て続けに行われ,この場所でゆっくりご紹介もご挨拶もできませんでした.私の不出来な素人写真で,会場の様子などせめてご紹介します.三宅明正先生は我らが大学院の研究科長であったので,とりわけこの場でお礼申し上げなければならないところだったのに,遅参して慌てて会場に駆け込んだため,カメラを忘れてしまい,画像が手元にない有様です.失礼いたします.どうかお許し下さい.

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宗教について

 若い同僚から,宗教の話は是非授業中取り上げておいた方が良い,と強く勧められたので,恐る恐る話しました.
 留学先で決して「無宗教」とか「無神論」とか安易に口にしてはいけない.宗教と戦う気なら別だが,日本的宗教習慣に静かに流されていたいだけなら,反って海外で警戒される心配がある.もし宗教を問われたら,「仏教徒です」と答えなさい.「ただし,ろくに教会に行っていない悪い仏教徒なのです」と付け加えなさい.いやこっちもキリスト教徒のくせに日曜に教会なんか行ってないよ,とここでようやく普通の話が始まるでしょう.―――
 そうしたらもう,半ばは手遅れで,何人かの学生はホームステイ先で宗教を問われて「無宗教」と答え,相手が突然硬い態度になり,倫理観や生活習慣などを詰問調で聞いてきて,面食らった,というような経験をしていました.「無宗教」と答えておくのが「一番安全で楽な」スタンスだと思っていたのだが,国際的には決してそうでないことを知りました,と感想を書いてくれた学生もいて,安心したものです.
 教員がカルトの布教をするのは論外で,犯罪的ですが,それと同じくらい,自分の中の日本的宗教観に無反省な「宗教観」(「無宗教感」?)を教員が垂れ流すと,これから国際的に活躍しようという学生達にとって有害です.

 大学も学校ですので,学生の教育研究を担当する教務・学務関係の業務の他に,それ以外の学生生活全般の支援を担当する業務があります.中高の生活指導に対応しますが,さすがにもう髪型や服装について目を光らせることはないものの,未成年の飲酒(それに伴うアルハラ・傷害)等の逸脱行為に注意を怠るわけに行きません.またそんな悪い方の話ばかりではなく,サークル活動やボランティア活動等の課外活動の援助,学生寮や奨学金・学費減免,困難を抱えた学生へのアドヴァイスといった,様々な分野に広がっています.専門の教職員ばかりで対応できれば良いのですが,人手不足ですので,専門に近いとか,慣れているとか,そこは色々にやりくりしています.学生一人一人の事情を聞いていると胸に来るものがありますから,持ち出しでも手を差し伸べたくなります.学生支援の教職員の皆さんの努力には,本当に頭が下がります.
 昨今大学での無理な予算・人員削減が,例えば入試業務に悪い影響を現しています.入試は日常の業務の外側で特別の任務となるので,作問チェックに十分な人と時間がかけられず,あちこちの大学で入試業務に重大なミスが頻発し,社会問題になっています.こういう事態と並んで私は,見えないところで大きな負担のかかる学生支援の諸業務に重大な不備が発生するのではないかと恐れいています.
 この学生支援の大きな分野の一つに,勧誘対策・カルト対策があります.ひときわ責任も重く,場合によっては身の危険さえ伴いかねない業務です.カルト対策については教職員全員が知識を持っているべきなので,私たちも研修を受けます.そこで教わったことは,また私たち自身が個別の授業に生かして行きます.

 カルトと言えば,無知で無垢な学生を経済的に破綻させたり,生活を破壊する悪質な「新宗教」のことをすぐ思い浮かべがちなのですが,実際はもっと広く深い問題だということを教わりました.

カルトには,
 
「宗教的カルト」
「政治的カルト」
「経済的カルト」

の3種類があり,市民としての健全な判断を失わせ,生活を破壊する組織的勧誘の全てを指します.マルチ商法や怪しい投資話の方が今日では問題なのだとも言えるです.要は詐欺に引っかからないというのと同じような話です.自分は絶対大丈夫だと高をくくるのが一番危ない,誰が騙されてもおかしくないとよくオレオレ詐欺対策の啓蒙活動等で言われますが,これはカルト対策と根本のところで深く結びついているのです.
 ここで私たちが考えなければならない二つの重大な問題があります.

 一つは,「宗教的カルト」「政治的カルト」「経済的カルト」それぞれに,信仰の自由・政治活動の自由・経済活動の自由が法的に保障されているので,成人が生活を犠牲にして特定の組織・活動にのめり込んでも,これをすぐ法的に規制することはできないのです.それどころか,あの宗教団体はカルトだから危ないので近づくな,あの企業はカルトだから危ないので近づくな,と公的に具体名を名指して発言すると咎められ,訴訟を起こされればこちらが負けることになる,ということです.

 もう一つは,カルトがいけないというのなら,何故いけないのか,逆にどんな市民的生活が「健全」で「望ましい」ものなのか,そこを私たち学生を支援する側がはっきりとつかんでいなければならない,ということです.
 「宗教は恐い,分からない,私は無宗教・無神論だ」とか,「政治は嫌いだ,関心が無い」などと(日本人の日常生活ではよく耳にしますが),安直に言ってはいられないのです.

 「政治的カルト」に巻き込まれないようにするためには,自立した主権者として政治的な権利を行使し、義務を果たさねばならない.そのための知識や判断力を持たねばなりません.
 「経済的カルト」に巻き込まれないようにするためには,自立した経済的主体として,まっとうに金を稼ぎ,消費生活を送り,資産を持ち,家族と生きていかねばならない.そのためにお金との正しい付き合い方を身に付けていなくてはなりません.
 「宗教的カルト」に巻き込まれないようにするためには,自立した道徳的主体として,他の人々と協調し,差別や人権蹂躙と戦い,自分のものも含めて様々な宗教的習慣と適切に向き合わねばなりません.
 いずれにしても,ここは議論の余地があるところとは思いますが,家族を初め,共に生きる人々の共感や承認が得られる生き方をしなくてはならないのです.敢えて社会の大勢に抗して特定の主張を貫くために戦うにしても,本気で戦って「勝利を得たい」のなら,やはりそれはそれで共に生きる人々からの新たな共感と承認を求めなければならないはずです.

 ここで特に日本の学生達に教えておかねばならないのは,「無宗教・無神論」だと,特にアメリカやヨーロッパやイスラム圏等、海外の殆どの国で安易に口にしてはならない,ということです.
 宗教というのは,科学的には証明しにくいが私たちの行動指針として強固な力を発揮する,価値観の束や,それと不可分に結びついた生活習慣の複合を指します.衣装のように選り取りして選べるものでは本来ありません.伝統的な大宗教は,長い時間かけて現実生活に差し障りがないように練り上げられた,人と人とが信頼し合う手がかりになる価値観と生活習慣のパッケージになっているのです.敢えて無宗教の葬儀を選んだり,会費制のパーティのような結婚式を企画して親戚知人を納得させることを積極的に推し進めるのが本来「無宗教」であり,場合によってはもっと戦闘的に,聖職者や教会に攻撃をしかけ,これらの宗教的制度の撲滅打倒に邁進するのが「無神論」であります.安易に日本の外で「無宗教・無神論」だと口にすると,伝統的な倫理観を全否定することを是とする人間ではないかと,道徳的に警戒されます.偏見かもしれませんが,西ヨーロッパの人々を見ていると,日頃教会になんか熱心に通わないくせに,異文化異教徒との交流や協働の話になると,急遽キリスト教徒としての自覚を振り回すような気がします.日本人が「無宗教」を安易に口にするのは,こういう宗教の機能に抵触する態度なのです.
 日本人が「無宗教」と言うのは,神仏習合や祖先崇拝に八百万の神様がごっちゃになった独特の日本の宗教習慣「以外の宗教は持っていません」という意味に他なりません.「無神論」の場合は、それ以外の日本の伝統に反する宗教は積極的に憎みます,という意味ですらあり得るでしょう.そしてそれを,特定の日本的宗教ではなく,当たり前の常識的な無色透明な生活習慣に過ぎないと信じ込んでみせるのが,日本で多数派に溶け込み,いじめられないで済む,「安全なポジション」なのです.こんなこと,そのままでは日本の外では通用しないと思います.
 「無宗教」なら,お前の倫理観を何を手がかりに信用すれば良いのか(宗教があっても人は罪を犯しますが,それでもこう言う考え方をします)と問われているのですが,ここで健全な常識とか理性の判断,と答えても共感は得られない.学問的に前提を明確にした上で精密な議論をしているのであればともかく,日常会話でこんなことを言っても,要するに「俺様が正しいと判断する事が正しい事だ」と言っていることにしかならない.もっと言えば,「俺様教」の布教をしに来た,何故こんなすばらしい「俺様教」の教義をお前達も一緒に拝み,信奉しないのか,と主張しているようにさえ見える.
 本当は現代の宗教は,天賦人権の思想だろうから,「俺様教」が言いたかったら,もっと反省して,思想的に深め,洗練させなくてはなりません.

 科学が発達して,人間に実体としての魂などはない,死んだら人間はただの物質に帰る,と隅々まで証明されても,だからと言って,人間の肉体を(生きていても死んでいても)辱めて良いことには全くならないから,宗教生活を大切にすることと科学とは全く矛盾しないと思います.長い戦いの歴史がありましたが,科学が概ね勝ったようですので,なおさら口を極めて宗教を否定して見せなければ科学的だと見てもらえない,という時代でもありますまい.
 大学では,科学を中心にした教育の中で,こういう現代の宗教観についても教えなくてはならないと思うのです. 

スコポス その2

 ずっと以前は工学部の学生でも理学部の学生でも第二外国語は必修で,しかも2年生の講読の授業までたっぷりやらされ,大学院入試にも外国語が二科目あったりしたものでした.結構な負担であったと思いますが,それなりに大半の学生は黙々とこなしていました.今の学生に話しても信じてくれないというエピソードを聞いたことがあります.
 あの頃は,私の親より上の世代の先生方が,文理を問わず語学で学生を締め上げ,容赦なく落第させていました.後のノーベル賞受賞者に大学院進学を諦めさせたドイツ語教師などがいた時代です.シェークスピアやゲーテは理科系の学生に必要ないという批判が今でも見受けられますが,批判する方が,あの頃の記憶をまだ引きずっているのでしょう.もうとっくにシェークスピアやゲーテを読ませる一般教養の語学授業などありませんから.

 あの頃,理科系だと,全く語学の勉強になじめず,七転八倒する学生もいる反面,森鴎外ではないが語学学習のコツをひょいとつかんで平気で片付ける学生,また更に進んで,語学の面白さに目覚めて,得意科目になり,のめり込む学生もいました.こうなると,語学の教師として嬉しい反面,専門の勉強に障りはしないかと,こちらが反って冷や冷やしたりしました.その頃のお話しです.

 一般教養で私がドイツ語を教えた,応用化学の学生さんが,卒論だったか,修論だったかの準備中に,ドイツ語の論文のコピーを抱え,久しぶりに私の研究室に飛び込んできたことがあります.語学が好きになった口の学生でした.自分の研究で扱っている化学物質に関する論文が,なんと100年前のそれしかない.読解するのを手伝ってくれないか,というのです.
 趣味で文学テクストを原文で読んだり,留学に必要な欧文書類の作成を手伝ったりすることはありますが,理科系の専門内容に関する論文の読解を手伝ったのは,後にも先にもあの時だけです.自然科学は日進月歩だから,読むべき論文はごく最近のものだけ,下手をするとこの一年以内に発表されたものでないと価値がない,というようなお話しを伺っていたので,自然科学研究で100年前のドイツ語論文が必要になることがあるなどとは信じられませんでしたが,化学や生物学などでは,全くないことではないのだそうですね.
 文中の化学式を見ただけでこちらは気が遠くなりましたが,ざっと見たところ構文も語彙も(専門用語を除けば)さほど難しそうではないので,とにかく文法と語彙の用法でこうしかならない,このようにしかつながらない,ということだけこちらから言うから,専門用語でつないでみて,それで意味が分かるかどうかそっちで一つ一つ判断してくれと言い,共同で読解作業をしたのです.小一時間もやったでしょうか.
 端から見たらさぞや珍妙な共同作業だったでしょう.二人でコピーのドイツ語を見ながら,これが主語,これは主格補語,この部分が2格名詞句で拡張された4格目的語,こちらの4格名詞句は副詞句,この前置詞句はおそらく「~であるにもかかわらず」という意味の副詞句・・・などと私が解読し,学生の方がふん,ふん,なるほど,あ,そうか,などと意味をとって追っていきます.その真剣な眼差しの美しかったこと.こちらとしては何が何だか分からないうちに作業が終わり(読解としては異例の達成感のなさです!),役に立てたのかどうかも分からないうちに,学生は礼を言って走り去っていきました.

 この学生はリケジョとやらのはしりで,陰に陽に立ちはだかる様々の差別に泣き,怒りながら,工学博士・弁理士となり,今や赤坂辺りで,私などがおいそれとは近づけないような立派なビジネスウーマンとして活躍しています.
 私が教員生活で多少なりとも関与できた,文理融合の実りであります.ひょんなことから転がってきただけですが.
 まことに翻訳の本質はスコポス(翻訳目的)であるなと,しみじみ思い出します.

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