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素人臭さ

 カリンニコフの第1シンフォニーとか,ボロディンの「中央アジアの高原にて」とか,通筋からは素人臭いと一刀両断にされる曲が好きです.

 19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパ・クラシック音楽界は,行き詰まったヨーロッパ近代調性音楽の活路を求めて,民族音楽に多くを期待し,学ぼうとしていたようです.穏健なイギリス音楽界でさえ,イギリス民謡とオスティナートにこだわるホルストのような方向と(ホルストの『日本組曲』は余り演奏される機会がないようですね),ドビュッシー風の繊細な技巧と複雑な音色を追求するディーリウスのような方向とが分かれているように見えます。もっとも『ムシュー・クロッシュ』を読むと,ドビュッシーはディーリウスの作品を頭から馬鹿にして,相手にもしていない様子が垣間見えます.ドビュッシーが深く影響を受けていたのはムソルグスキーやガムラン音楽やジャズであって,大きな視野で民族音楽に向き合いながら,調性を根本から問い直し,新しい調性を作り出そうとしていたのではないか.
 各種の民族音楽は,それぞれに独自に高度な発展を遂げ,独自の複雑玄妙な世界を確立しているわけですから,これを改めて西欧音楽(ドイツ音楽と言いましょうか)の物質的条件や伝統的技法の中で再生させようとすれば,自ずと衝突や緊張,妥協もあります.どんな場合でも新しい音楽との出会いとは,技術や理論の問題よりも先に,先ずもって言葉にならない衝撃と,憧れと渇望であるに違いないから,これを情熱的に受容して自分の創作に取り入れようとすれば,民族音楽の模倣的再現に引きずられ,幼稚な素人臭い作品が形作られてしまうのも,当然のことかもしれないと思うのです.手元にあるのは相変わらず西欧的(ドイツ的?)理論のI-V-Iの枠組みなのだから.
 素人臭くないやり方も出来たかもしれないが(社会主義的リアリズムの名曲の数々はどこへ行ったでしょう),民族音楽に振り回されて素人臭い作品を作ってしまったその素直さや幼さを私は愛します.窮乏するカリンニコフに対してラフマニノフなどが極めて好意的で援助の手を惜しまなかったと聞きますが,カリンニコフの余りにも開けっぴろげな音の作りかたに「俺も汚れたな」とラフマニノフは内心思ったのではないか,私はそんな妄想さえ抱くのです.

 通人ぶるためには,良いものを愛する心よりは,どれを馬鹿にすれば良いか,を先ず学びます.「ねえ、だんな?」とご主人と仰ぐ権威の顔色をうかがう卑屈な態度を洗練させる術を身に付けます.今となってみれば,それほど報われる話でもありません. 
 しっかりした当事者意識を持って,ポストコロニアルやダイバーシティやAIやエコロジーの発展と協働し,現代の諸問題と向き合う新しい芸術を育み,芸術の「賢い消費者」となる人材を育成するというのが現代人文学教育の一つの大きな課題とするなら,素人臭さの中にこそ未来のあり方を探るべきではないかとも思います.
 

宇多田ヒカル論とモーラ論

「宇多田ヒカル「真夏の通り雨」講義―――「ポピュラーカルチャー論」の教材として」
http://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/104937/chibaproject_2018_337_ishii.pdf

「音韻組織とモーラ論再考―――柳澤・荒井「フォルマント遷移とインテンシティの減衰が促音の知覚に 与える影響」(2015)を参考に 」 
http://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/104931/chibaproject_2018_336_ishii.pdf

の2論文を千葉大学大学院研究プロジェクト論集に公開しました.授業で扱えなかった範囲も詳しく述べたので,参考にして下さい.


悦ちゃん 再び

 数十年前,昭和30~40年頃に獅子文六『悦ちゃん』がブームになったらしく,テレビドラマ化されたり,マンガや絵物語に改作されていたようです.つのだじろうがマンガ化したものが,雑誌「りぼん」の付録になっているのですが,ざっと調べても3種類,昭和33年4月号,昭和34年6月号,昭和41年2月号の版があるようです.版を重ねただけかと思っていたのですが,どうもその都度新たに書き下ろしているらしい.確認すればいいことなのですが,この手の雑誌・雑誌付録は古本市場でもレアなもので,なかなかすぐには手の出せないお値段になります.ファンの端くれとしてはすぐにでも読んでみたいところですが,残念至極です.

 比較的新しい昭和41年版が,まあまあ手の届くお値段で出ていたので,ようやく手に入れることができました.

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 表紙の人は,このころ日本テレビでドラマ化された時に悦ちゃんを演じた岩村百合子さんという方だそうです.録画もあれば観てみたいですが,無理でしょうか.

アンドーナツ

 ドイツにベルリーナー (Berliner) というお菓子があります.ジャム入りの揚げパンで,寒い冬の日に屋台で揚げたてを買って食べるのは,なかなか幸せなものです.正式にはベルリーナー・プファンクーヘン (Berliner Pfannkuchen)「ベルリン風揚げパン」と呼ぶのだと思いますが,ベルリン以外の土地ではベルリーナー、ベルリンでは単にプファンクーヘンと呼ぶようです.「ベルリンじゃベルリーナって言わないのよ,これ」と,ドイツ人とベルリーナーを食べているとよく教えてもらいました.この手の揚げ菓子がドーナツの源流なのだそうです.

 ついでによく教えてもらったのは,まだドイツが,そしてベルリンが東西に分かれていた時,当時の西ベルリンでアメリカのケネディ大統領が演説し,分断されたドイツ国民を励まし,連帯を表明するために,”Ich bin ein Berliner !"「私はベルリン市民だ!」 とドイツ語で言ったというエピソードです.英語と異なり,ドイツ語のこの構文では普通は不定冠詞をとりません.そこで通訳が間違え,このケネディの格調高い名言を「私はジャム入りドーナツだ」と英訳した,というのです.この話はアメリカでもドイツでもわりと好まれ,よく知られていますが,都市伝説だそうです.―――この文脈だと,この不定冠詞はこれでいいのだと思います.「実際のそれではないが、ある種の,いわば~である」という意味になり,むしろこなれたドイツ語になるはずです.

 私がベルリーナーで思い出すのは,日本のアンドーナツです.発祥のことはよく知りませんが,あんパンを油で揚げてみたからできたというよりは,アメリカ経由でジャム入りドーナツを学んだ結果,生まれたものではありますまいか.
 昭和一桁生まれの母親の好物で,見かけると必ず買って来ていました.こういう駄菓子が好きな人で,私の駄菓子好きも母親に似たのです.
 幼い頃に,女学校の歴史教師だった父親(私の祖父)を脊椎カリエスで亡くし,戦中戦後の大変な時期を,寡婦となった母親(私の祖母)の洋裁で生き抜きました.たいそうな貧乏をしたそうです.社会人になってから,闇市を歩いて帰るのが楽しみで,とても手の出ない値段のおいしそうな食べ物を見ているだけで良かったと話してくれます.若いから,特に甘いものが欲しかった.闇市で中国人がアンドーナツを売っていたのが,とても強く印象に残っていると言います.「熱いで,甘いで,おいしーでー!」と独特のイントネーションをつけて売る,その声が今でも思い出せるそうです.
 もしかしたら,アンドーナツをこっそり愛好している高齢者は結構多く,みなさんなにがしかほろ苦い思い出を持っておられるのではないかと,そんな気さえします.
 私は不健康な肥満の元になる駄菓子が純粋に好きですが,父母の代がひっそり持っていたほろ苦い思いも好きです.


炎上する図書館

 日影譲吉『内部の真実』が創元推理文庫で復刊されたのはファンとしてとても喜ばしい思いです.第二次大戦中将校として台湾北部に駐屯していた作者の体験を元に書かれた,台湾を舞台にした一連の創作の頂点をなす作品です.
 この作品の中で不思議に印象深いのが,主人公が台北の本部に出張した際,空襲で炎上する大きな図書館を目撃した様子がさりげなく書き込まれていることです.窓からもくもくと煙が出ていたとしか書かれておらず,それ以上何の感慨もありません.
 戦火のニュースに接するたびに,炎上する図書館のことを思います.
 戦争のたびに図書館が燃え,あるいは書物が略奪され,紙媒体の文化財はひどいことになります.略奪図書については,学者達の醜悪な言動も記録に残っています.
 有名なのはベルギーのルーヴァン大学の図書館で,第一次世界大戦と第二次世界大戦と,2度にわたって侵略してきたドイツ軍に破壊されました.(それこそ地政学的に,同じ事を企むと同じような作戦にしかならないのでしょうが)戦後の再建大会の写真を見ると,廃墟に「ここにドイツ文化終わる.」” Ici finit la culture allemande.”と書かれた横断幕が掲げられているのも悲惨です.(下の本のカバーに使われています.)

 ヴォルフガング・シヴェルブシュ (著), 福本 義憲 (訳)『図書館炎上―二つの世界大戦とルーヴァン大学図書館』(法政大学出版会 1992年)

 しかし他方で,ロンドン大空襲の後でも,天井が抜け,床が傾いた図書館に,何食わぬ顔で市民達が本を読みに来ている有名な写真を見ると、戦火にもめげず本を通じて知識や楽しみを得ることを止めなかった人々の姿に励まされます。この写真はネット上でいくらでも見ることができますが,私はまだネットのない時代に,下の書の旧版で初めて目にし,深く感銘を受けました.

 アルベルト マングェル (著), 原田 範行 (訳)『読書の歴史―あるいは読者の歴史』(柏書房 新装版 2013年)

 戦地でも兵隊達に図書は熱く求められていたようです.つい最近下の書でその事実を知り,日本軍で聞いたこともなかったので,随分驚いた次第です.

 モリー・グプティル・マニング (著), 松尾 恭子 (訳)『戦地の図書館 (海を越えた一億四千万冊)』 (東京創元社 2016年)

 しかし第二次世界大戦が終わっても,戦火は収まりません.学校や図書館が徹底的に破壊され,それどころか学ぶ主体の子供達自身が残虐に命を絶たれています.
 そして同じように,人々は戦火の中でも本を守り,むさぼるように読んでいます.

 ジャネット・ウィンター (著), 長田 弘 (訳) 『バスラの図書館員―イラクで本当にあった話』(晶文社 2006年
 デルフィーヌ・ミヌーイ (著), 藤田 真利子 (訳) 『シリアの秘密図書館 (瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々)』(東京創元社 2018年)

 ところが戦火がないのに,日本では紙の本はもはや置き場所もなく,人手も予算もない図書館は,貴重な図書を次々に廃棄せざるを得ないところに追い込まれています.電子化が進んでいるのが救いですが,まだまだ万人が容易に近づけるものではなく,集約された分,一瞬にして大量のデータが失われる危険性もあるでしょう.
 即戦力にならない知識は無駄なものとされ,憎まれ,疎まれ,捨てられるのです.図書館が炎上し,紙の書物が惜しげも無く廃棄される時は,即戦力にならない弱い立場の人間がないがしろにされ,滅ぼされていく恐怖の時代だと思います.

 何度鼻先で笑われ,唾を吐きかけられても,炎上する図書館の意味する恐怖を,もう一度伝えていきたいと思います.どうぞまた気の済むまで,この頭の悪いセンチメンタルな老人を罵倒し,乱暴を働いてください.

 道行く人よ,何とも思はざるか.

 口を塵につけよ,あるひは望みあらん.


入学おめでとうございます!

 本日午前中,千葉ポートアリーナで千葉大学大学院入学式が行われました.約1200人の新入生が学長より入学を許可されました.人文公共学府では58名の新入生を迎えることができました.

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます.本学府に集まってきて下さって,ありがとうございます.
 学長は祝辞で,他分野の成果をよく注意して学べ,知的リーダーに相応しい人格を陶冶せよ,と皆さんを励ましました.いつもながら,徳久学長の飾りも衒いもない,篤実な助言です.私のような「文学青年」崩れで,ひねくれた「名言」を物心ついてからもてあそび尽くしてきた人間にとっては,この年になって学長のような素直な言葉が本当に身にしみます.学長の誠実な助言が,皆さんの心にも届きますように.わが人文公共学府の理念も,学際性と社会性であります.及ばずながらみなさんの援助をしたいと思います.

 どうかよろしくお願いいたします.

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辞書の話

 新入生の皆さんに,大学に入って先ず知って欲しいことは,辞書との付き合い方です.(大学院の新入生の方にも改めて知ってもらいたいと思います!)Oxford English Dictionary (22冊)や,Grimm の Deutsches Wörterbuch(32冊)や Duden のシリーズ,Le Petit Robert や Le Petit Larousse を是非手に取って、調べ倒して欲しい.そしてこれらを手掛かりに,希独辞典だの羅仏辞典だの梵英辞典だのを使い,語学の検索能力を高めて行って下さい.大抵のものは電子化されていて,多くはフリーで使えます.EPWing という電子辞書作成用のフリーソフトもあり,またこの辞書のためのデータもフリーで公開されています.

 最近ツィッターで,話題になっていましたが,その昔,ドイツ語の vogelfrei という語を字面だけ見て誤解し,「鳥のように自由」という意味で,束縛から解き放たれた喜びを表すという史料解釈を学会で口頭発表した若手の研究者がいて,その場で大家の先生に叱り飛ばされたことがあったそうです.(実際には前近代の法制用語であり,「追放され・諸権利を剥奪された」という意味で、「鳥のついばむに任せる」という語感のようです.)
 Pennsylvania Dutch を「ペンシルヴァニア・オランダ人/語」と訳すと,英語の先生からは一斉に訂正と嘲笑を受けます.ドイツ系移民のことで,英語の古い用法に従って「ペンシルヴァニア・ドイツ人/語」と訳すべきところです.
 ま,こういうことのないように,丁寧に辞書を調べておかねばなりません.

 授業に出られれば良いですが,時間割に自由が利かない場合も多いから,時間が取れる時に(夏休みより春休みですよ!)かためて独習して,質問があれば気軽に来てください.この春は,広くお知らせできなかったのですが,要望があったので,ドイツ語講読とフランス語入門と古代ギリシャ語入門(ただしドイツ語の教科書)と韻律論(主に音楽理論と言語論)の自主ゼミをしました.時間切れでどれも中途半端に終わり,心残りなことです.

 ついでに辞書といえば,忍足欽四郎『英和辞典うらおもて』(岩波新書,1982年)とか,サイモン・ウィンチェスター(鈴木主税訳)『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』(早川書房,1999年)とか,気楽に読める本がありますから,辞典がどうやって作られてきたか,覗いてみてください.100年かけて辞書を作るということがどういうことか,その昔私などは胸を躍らせて読んだものです.ああそうだ,三浦しおん『舟を編む』という小説も,またその映画も,アニメも,なんと辞書作りをテーマにしたエンターテインメントで,お薦めです.(しょぼしょぼした演技が天下一品の松田龍平のファンなので)

 けれども,他方で辞書というものが盤石で無謬の「解答集」だと思わないように,批判的な付き合い方も是非知ってほしい.何年かに一度そういう授業をします.有名なのは,ある国語辞典に、「嫌悪」の意味を「嫌い,憎むこと」と書いてあり,「憎悪」のことを「憎み,嫌うこと」と書いてあったというエピソードです.
 こうなってくると,何が正しい意味か,用法か,辞書に書いてあるからといって鵜呑みにはできません.
 国立国語研究所が定期的に調査をし,たとえば「憮然とする」というのは本来「意外な成り行きに驚いたり自分の力が及ばなかったりで、ぼうっとすること」という意味ですが,もう半数近くの人が「ムッとしている様子」と誤解している,といった調査結果を発表します.大変興味深い調査で,毎回話題になりますが,語彙によっては,8割の人が誤用している,などというのもあります.8割の人が誤用しているのなら,もうそっちが正解なんじゃないだろうか,とさえ思ってしまいます.
 辞書には,「正解を記録する」という任務から進んで,「正解を決める・押し付ける」という働きを持つこともあるから要注意です.「小春日和」というのは,春の天気の良い日のことではなく,11月から12月にかけての天気の良い日を指す(「小春」というのは旧暦10月のことなので)などというあたりなら,へえ,知らなかった,で済みますが,語彙の中には特定の価値観や主義主張が入ってくるものがあります.過激な説明で話題になった三省堂の『新明解国語辞典』では,以前「凡人」の説明に,家庭や持ち家を大事にする人をあからさまに侮蔑する記載があって驚いたものです.
 辞書は明確な思想書,プロパガンダの書物ではないだけに,逆に辞書に含まれている思想性や価値観の見えない影響力には無視できないものがあるのです.

 ドイツ語の上級者なら,Herman Paul の Deutsches Wörterbuch や,Trübner の Deutsches Wörterbuch(8巻)を薦められます.パウルのものは,数を絞った基本語彙の意味分類と用法が極めて明晰に詳しく書かれていてとても勉強になります.誰しも最初から読み通そうと思って,失敗します.トリュープナーのものは,語彙の説明が文化史的に詳しく,興味深いものです.ところが,その「文化史」というのが曲者です.
 トリュープナーというのは出版社の名前で,実際の編集者はアルフレート・ゲッツェ(Alfred August Woldemar Götze 1876 - 1946)です.グリム大辞典の後継にして現代版を託されたこのドイツ語学者は,ナチス党員で親衛隊員でありました.その思想的立場が随所に現れていて,特に「ユダヤ人」の項目などは,読むに堪えない記載でありました.他の部分の出来が良かったので,第二次世界大戦後に Walther Mitzka (1888-1976)が改訂に着手しましたが,途中までで終わってしまい,以後そのまま放置されています.
 性的マイノリティや精神障害等に関して,辞書がどのような説明を与えてきたかを考えれば,まだまだ私たちが検討し,改善していかなければならない問題は多いようです.

 静かに卓上で辞書を引く,という行為は,実は結構アクチュアルな諸問題と直結しています.
 新入生の皆さんには,少しでもこの感覚を知ってもらいたいと思うのです.

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修了おめでとうございます。

 本日午前中,千葉大学大学院の修了式.午後わが学府では西千葉に戻り,学位記伝達式でした.数十人の学識と教養のある人材を世に送り出せ,学府として社会に貢献できたのを嬉しく思います.
 修了生の皆さん,おめでとうございます.

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都筑道夫の翻訳裏話

 好きなミステリー作家は,何と言っても日影丈吉ですが,都筑道夫も好きで随分読みました.その都筑道夫に,『推理作家の出来るまで』という上下2巻の自伝があります.
 昭和4年(1929)に東京小石川の漢方薬局の子に生まれ,ずっと東京で育った人なので,古い東京の風俗や言語習慣に詳しく,それに関する豊富な話題だけでも興味はつきない本です.また早川書房で『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の編集長として,英米ミステリの紹介に尽力し,自らも名翻訳家として活躍した人ですので,第二次大戦後の日本翻訳文化史の裏話がまた貴重なものばかりです.都筑道夫が残した足跡が余りにも大きいので,早川書房にかなり長くいたのかと思っていたのですが,実際には1950年代の後半数年間であったようです.それだけ本人も,また時代も,回転が速く,生産力が高かったのでしょう.焦土からの再出発というのは,こういうことでもあったのかと感慨深くもあります.
 1950年代にはもちろん海外にすぐ行ける状態でもなく,情報も今のように簡単に手に入らないから,翻訳にも苦労が多かったそうです.一例として上げていたのは,グレープフルーツというものが小説に出てきても,何のことか分からなくて苦労した,という話です.英語の百科事典などで調べるのですが,それでもイメージが湧かない.いまなら画像検索で一発ですし,そもそも実物が身近にいくらでもあるわけですが,当時は柑橘類だということすら分からない.(「ブドウのように実るオレンジ」だと聞かされても,今の私でも分かりません)仕方ないので,グレープフルーツとカタカナ書きにして,ボロの出ないように誤魔化して訳しておいたということです.些細なことですが,翻訳で苦労するのはむしろこういう小さな事なのです.
 あるとき旧帝大の高名な英文学の先生に翻訳を依頼したところ,"yes, yes and yes !" という台詞の一部を「そうだ,そうだ,そして,そうだ」と訳してきた.編集部でもこれはあんまりひどい訳文ではないかと思い,訂正を依頼したら,権威ある先生なのでお怒りになり,その翻訳を断ってきたそうです.それ以後しばらく早川の編集部では,「そうだ,そうだ,そして,そうだ」という言葉が流行ったそうです.―――ちなみにこの「名訳文」を,大衆文化研究や翻訳研究に携わる若い同僚に見せてみたら,私ほどの違和感は抱かないと言うことでした.それほど「翻訳調の悪い日本語」と昔なら言われたような日本語表現が現代に蔓延し,ついに当たり前になって,その中で育った世代が日本言語文化を担う時代になったようです!
 もっと凄い話は,都筑道夫自身が英米ミステリ名作集のある短編の翻訳を担当することになったが,時間がない.そこで最初の方だけ英文を読み,設定だけ掴むと,後は創作したというのです.都筑道夫の創作ですから,それはそれで良い作品ではあったのだと思いますが,それにしてもひどい.著作権の考え方も徹底していなかった時代です.英米でも雑誌に載るエンタテインメントは使い捨てのことが多く,埋もれたり失われた作品や,素性が分からなくなってしまった作家が結構います.海外の情報を得るのが楽ではなかった時代なので、逆に日本でもこういうことが可能だったらしい.南洋一郎の創作ルパン以上の蛮行です.(さすがに都筑道夫も,それが具体的にどの作品であるかは明かしていません)
 この話には更に続きがあります.何年も経ってから,この「ニセ翻訳」作品の改訳が別の出版社から出るということになりました.これはてっきり悪行がばれると思い,ヒヤヒヤしていたが,何事もない.出版された「改訳」をそっと見てみたら,自分の作った創作の「ニセ翻訳」が,ちょっと手直しして掲載されていたというのです!
 実際には,エンタテインメントだけではなく,芸術性の高い文学作品の翻訳でも,あの頃はこれに類した話が結構あり,私も耳にしたことがあるのですが,まだ関係者も存命なので,とても笑い話として紹介することは出来ません.都筑道夫が明かしている話の紹介であればまだ許されるでしょう.
 実際にはここまで掘り下げていかないと,翻訳文化史研究などはなかなか本質に至れるものではありません.いやそもそも翻訳とか,翻訳の良し悪しをあげつらうとか,翻訳を楽しむとか,そういうこと一切が,こういった先人たちの泣き笑いの積み重ねの上にあるのだと,これ抜きにはあり得なかったのだと,賛嘆と愉快の相半ばする思いを抱くのであります.

塚本邦雄全歌集

 少し情報が遅れたのですが,文庫版の『塚本邦雄全歌集』が刊行開始されたと聞いて,直ぐに求めました.気が付くと,前衛短歌の三大歌人とされた塚本邦雄,岡井隆,寺山修司の歌集が,いつの間にか手元にないのです.岡井と寺山の歌集も買いました.確か持っていたはずなのですが.しかし40年は前の話です.まるで昨日のことのように,確かあったはずだと思っている方が可笑しいのかも知れません.

 マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司
 走れ、わが歌のつばさよ宵闇にひとしきりなる水勢きこゆ 岡井隆
 革命歌作詞家に凭りかかられてすこしずつ液化してゆくピアノ 塚本邦雄

 懐かしくもあり,くすぐったくもあります.その必要もないはずなのに,このタイプの詩歌の世界から随分離れていたことに,後ろめたい気持ちもあります.本当に,そんな風に恥じる必要もないはずなのですが.恥ずかしさと言えば,先日藤井貞和の詩を読んだときにも,これ以上の羞恥を感じました.
 思うに,自分も立派に言葉を研ぎ澄まし,問い続け,それで何事かを自分も生み出しうると傲然たる気持ちでいられた時期を,幸せだったとは回想できないのでしょう.恐る恐る若い教え子に見せてみたら,昭和臭のぷんぷんする厨二病と,例によってばっさり切り捨ててくれました.老大家たちと若い同僚にはさまれて,小突き回されてきた人生だったし,それが結局一番性に合います.

 日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も 塚本邦雄
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