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看板上掲式 続報

 『文教速報』5月22日付に先日行われた千葉大学大学院人文公共学府の「看板上掲式」の様子が掲載されましたので,紹介させていただきます。

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中動態

 気鋭の哲学者,國分功一郎氏が『中動態の世界』を世に問われ,評判になっているようです。言語学者の端くれである私からして,まことに我が意を得たりというところで,とても嬉しく,また頼もしく思います。言語学の諸概念や方法はどれをとっても,言語という社会的諸関係の基礎を論じるためのものなので,社会科学や哲学などの他分野に転用して幅広い議論に援用する誘惑に満ち満ちています。言語学の中にいてもむずむずするのですが,しかし言語学の中でそういう議論をし,スペキュレーション(思弁!)を弄ぶと,袋叩きにあいます。ゼミや研究会の段階で布団蒸しです。もうしません,許してください,明日から心を入れ替え,もっと丹念に辞書を引き,用例を調べる作業に邁進します,と誓うまで追い込まれます。私はできも悪く態度も悪い学生でしたから,先生方も見捨てていましたが,まともな同業者はみな若い頃から徹底的にこの点はしつけられています。

 中動態(medium)と言うのは,能動態(activum)と受動態(passivum)とならぶ,動詞変化の文法カテゴリーの一つである「態」(genus verbi)の一つです。インドヨーロッパ語では,ギリシャ語(古代にも現代にも)とサンスクリット語にはっきりと形態上の区別があり,他の言語においても様々な方法で表現され,残存しています。
 能動態と受動態という記述の方法は,きわめて単純に思えますが,実はまだまだ分からないことが多いのです。ラテン語・現代ドイツ語・現代スペイン語に見られる非人称受動(自動詞の受動態)とか,形態的には受動態なのに意味は能動態というラテン語のデポーネンティア(能動態欠如動詞)とか英語における一連の特殊な受動態の表現("be suprised at~"のような)とか、再帰動詞・代名動詞とか,これら学習者を悩ませる「奇怪な」文法事項の存在は,能動態と受動態という伝統的な文法記述に大きな不備があり,全体を完全には説明できないことを表しています。
 古代ギリシャ語やサンスクリット語を学んだ人にはすぐわかると思いますが,もともとインドヨーロッパ語の古層においては,能動態と対立しているのは中動態であり,受動態は中動態の特殊な一形態として後から形成されていったようです。

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 古代ギリシャ語を見ますと,「中動態」の用法はだいたい5つであったようです。「主語」の周りに「主語のテリトリー」のようなものを想定し,動詞で表された行為の結果がその「主語のテリトリー」の中に何らかの形で戻って来るものを「中動態」で表していたようです。この意味で,能動態でもなく受動態でもない,あるいはその両方でありうる表現です。

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 考えてみれば,私たちの行為は,完全に能動とも受動とも言いきれないものが多いようです。「驚く」という思いをしているのは確かに私だが,自分が選んで自由に「能動的に」驚いたわけはなく,必ず何か外の要因から「引き起こされた」「受動的な」感情なのだろうから," be surprised at" という英語の特殊な受動態による感情表現は,よくよく考えてみると,受動と能動を不法に股にかけるような文法的な矛盾を犯しても表現しようとしたものがあるのではないかと,しっくりくるものがあります。

 また他方で,能動態と受動態が完全に理論的に等価で,裏返しただけの表現であるなら,なぜそんな無駄が文法的に存在するのかも不思議です。
 実際はそうではありません。日本語では昔「迷惑の受け身」ということを言いましたが,今の研究ではどうでしょうか。私がお世話になった言語学の先生は,よく「ここに劇場が建てられる」と「ここに劇場を建てられる」という例文を上げ,前者を翻訳受動態と呼び,後者こそ日本語の元々の受身表現なのだと説明していました。能動態と受動態を完全に裏返しの等価物として疑わない学校文法に毒された目からすると,一見後者の例文が奇妙なものに思えます。人によっては即座に,後者などは言わない(そんな日本語ない!)と言ってはばかりません。私たちはしばらく考えないと,後者の意味が納得できないのです。それほど英語の学校文法の影響は大きいのです。

 まだまだ言語学には,使える概念がたくさんあります。ジェンダーや構造主義だけとおっしゃらず,どんどん持って行って下さい!

死の刺

     死の刺(はり)は罪なり,罪の力は律法(おきて)なり。「コリント前書15,56」

     τὸ δὲ κέντρον τοῦ θανάτου ἡ ἁμαρτία, ἡ δὲ δύναμις τῆς ἁμαρτίας ὁ νόμος.

     Stimulus autem mortis peccatum est, virtus vero peccati lex.

     (1.Cor.15,56)


 前から読みたかった梯久美子『狂うひと 「死の刺」の妻・島尾ミホ』(新潮社 2016)をようやく読み終えました。私小説の極北と言われる島尾敏雄『死の刺』(1977)は好んで読む作品ではありませんが,大きな衝撃を受けましたし,カンヌでグランプリをとった小栗康平監督の映画「死の刺」(1990,松阪慶子・岸部一徳主演)も忘れがたい感動を覚えました(個人的に岸部一徳のファンなので)。
 後に作家となる島尾敏雄は,第2次世界大戦末期に九州帝大で東洋史を学んでいましたが,繰り上げ卒業となって海軍に入り,特攻隊長として奄美諸島に赴任します。人情にあつい優しい隊長さんとして島民に慕われ,旧家の一人娘,後の島尾夫人ミホと恋仲になります。島尾は特攻隊として死ぬ定めの身であり,島尾が出撃するのを見送りながらミホも自殺する覚悟でした。ところがちょうど終戦となり,出撃命令は遂に来ません。島尾は本土へ帰還し,ミホは後を追い,二人は結婚します。
 すばらしいハッピーエンドになるべき話だと思うのですが,そうはなりません。一旦死の淵に立つ極限状態まで追い詰められて覚悟を決めた恋人同士が,あっさりと全てをご破算にされても,直ぐには平和な愛の家庭に戻れないものであるようです。一夜明けてみれば,頼りになる隊長さんは,生活能力のない青白い作家となり,しかも浮気が絶えません。旧家でお姫様のように育てられたミホも,奄美出身で差別され,貧窮と子育てと夫の浮気に苦しむ生活となります。ある日とうとう我慢の限界となったミホは惑乱し,家事と育児の一切を放棄し,浮気について夫を責め続け,家庭は地獄絵となります。精神を病んだミホと夫が病院に入るところで小説は終わります。
 ほぼ島尾夫妻の実体験をそのまま描いた私小説であるこの小説の背景を,梯の評伝は深く掘り下げていきます。本当に多くの発見がある労作で,私など素人にはとても全てを論じ尽くせませんが,「狂気に到るまで愛を貫いた,南洋の巫女の血を引く魅力的な女性」を描いた美しい物語とばかり評してはいられないようです。積年の蒙は啓かれたように思います。
 ただ今しみじみ思うのは,あの小説も,あの小説の元になった島尾夫妻の体験も,グローバル化とか国際交流ということの酷薄無残な歴史的現実,容赦の無い赤裸々な実態であったということです。このことはもっと多様に考察し,自ら学び,後世にも伝えるべきだと改めて思いました。

西田一豊氏の福永武彦研究

 昨日,平成29年4月29日(土)付『日経新聞』朝刊の文化欄に,「福永武彦 新たな一面」という大きな記事が掲載されました。「愛と孤独の作家 復刊相次ぐ」「先駆性や大衆性に光」と見出があり,一時は絶版ばかりで作品が手に入りにくい状態であった作家の福永武彦(1918-1979)への関心が高まり,研究も進んでいる様子を伝えています。御子息である作家の池澤夏樹氏の談話が掲載されているのは当然かと思いましたが,嬉しい驚きであったのは,最新の福永武彦研究について,千葉大学人文科学研究院特任研究員の西田一豊氏が専門家として取材を受けていることでした。我が大学院の修了生の方々が評価を受け,活躍されるのを目にするのは喜びに堪えません。
 若手研究者の皆さんがなかなか高等教育機関にポストを得られず,苦労しておられるのは大きな社会問題になっており,このままでは日本の学問研究の将来が危ぶまれるところです。西田さんたち若手研究者の皆さんが,その苦しい状況の中でも志を失わず,こつこつと研究を続けておられるのは,本当に頭が下がります。
 もうすぐ西田氏の研究成果がまとまるそうですが,それは個人的にとても関心があります。私自身が高校の頃から,茨木のり子と辻邦生と並び,福永武彦の愛読者だからです。新潮文庫の『加田伶太郎全集』も持っていて,今でも時々読み返します。講談社文庫の『夜の三部作』も持っていたのですが,友人に貸したまま戻って来ません。後者を読んだ直後に書いた当時の日記など,福永の文体を下手くそに真似てあり,読み返して我ながら恥ずかしかったものです。だからその日記はとっくに捨ててしまいました。
 あの時期,福永などを読んでいると(辻や茨木の場合もそうだし,他にも好きだった『更級日記』でも言われました),やれ「少女趣味」だの,「女子高生が読むもん」だのと悪罵を浴びたものです。このような発言をした人々も現在あちこちで教職についていますが,今でも女性の前であんなことを言ってるのでしょうか。器用に宗旨替えしたのでしょうか。したでしょうね。
 ささやかながらこういう経験をしているので,ますます西田さんの研究は心に染みるのです。ろくに力になれず申し訳ないのですが,西田さんのますますのご活躍を期待しています。

研究プロジェクト登録

人文社会科学研究科・人文公共学府の後期課程に在学中の皆さん

 センター主催型の研究プロジェクト登録が明日までです。本年度は以下のプロジェクトが計画されています。

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 研究会の運営など,研究活動の社会性・実践性を養う目的で本大学院で授業の一部として位置付けているものですが,単位を既に修得した院生の方も,業績発表の機会が増えますので,博士論文執筆の妨げにならない範囲で,ぜひ登録・参加して下さい。
 本当はここで,私自身が参加している「教育・学修支援研究センター」主催の「高等教養教育研究」プロジェクトについて宣伝したいところですが,立場を利用していると思われてもいけませんから,慎むことに致します。

ムクドリの巣

 春になると,特別な客が押しかけてきて,勝手に長逗留していきます。ーーー換気口にムクドリが巣を作って子育てをするのです。

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 天井裏の奥深くまで入り込み,不潔にされて虫が湧くのも心配だし,そもそも朝の鳴き声の大きさと言ったら大変です。
 脚立やハシゴも届かないような所なので,最初はホースで水などかけていたのですが,ぱっと逃げるのもつかの間で,こっちの追い立てに腰が入っていないことなど直ぐに見透かされ、直ぐに戻って来て何食わぬ顔で逗留を続けます。

 腕力や強引な押しに弱く,こうやって何時も舐められ,押し切られます。味方にとっては頼りにならず,敵にとっては嬉しい存在でしょう。「長」など務まる人間ではないのです。小鳥にも舐められながら,この子達としばらく暮らすのも悪くはないかなどと腹の中で早々に諦めてしまう人間です。そのことを,毎春この時期に,ムクドリたちが教えてくれます。他の人たちも教えてくれようとずらっと門前に並ぶありさまですが,どうせ教えて貰うなら,ムクドリや学生達からにしましょう。

 いらっしゃい,ありがとう,あなたたち。

インターネットの語学教材

 ようやく授業始まって一週間経ちました。新制度のことで,一生懸命準備したつもりだったのですが,一部混乱が生じてしまいました。ガイダンスの修正については一斉メールでお知らせした通りですが,来週水曜日,新入生の皆さんが集まる時間に私が直接説明と確認に参ります。

 文学部の方で開講したラテン語入門にも,サンスクリット語入門にも,50名ほどの学生が集まってくれたので,こちらも慌てて広い教室に変更する騒ぎでした。
 
 あちこちで紹介しているのですが,古典語関係はテクスト自体も古いものだし,定評ある辞書も文法書も注釈書も100年くらい前のものが多いので,インターネット上で自由に閲覧し,利用することが可能になっています。一般に多くの優れた語学教材がインターネット上にフリーで公開され,資金や時間的余裕に乏しくても,相当高度な内容まで諸外国語を自習することが可能になりました。
 私自身が学生の頃のことを思い出すと,感無量です。図書館にもあまりないような古典語関係の辞書・文法書はとても高額で,お金を貯めてはやっと1冊ずつ手に入れていくのですが,個人の力を超えたような書物(Du Cange や Böhtlingk など)は,ため息を吐いて諦めるしかありませんでした。重たい辞書を旅行バッグに入れて持ち運ぶのは大変でした。手に入れた後も,狭い部屋には置き場所も満足にありません。
 それが今では全てフリーで手に入れられ,薄いiPadにすっかり収まり,簡単に持ち運べるというのですから!

 新入生の皆さんに,学修の助けになるサイトを紹介しておきます。特にフリーの電子辞書ソフトである EPWING はお勧めです。PDF版より当然はるかに使い出が良いものです。
 質が高く良心的な書評サイト「読書猿」も是非利用してください。
 私一人では探しきれません。他の先生方・上級生の皆さんがもっと詳しい情報を知っているだろうから,どんどん質問に行ってください。


ドイツ語辞書ネット(グリムの辞典やベネッケ・ミュラー・ツァルンケの中高ドイツ語辞典,様々の方言辞典など独独辞典を集めたサイトです。):http://woerterbuchnetz.de/

「読書猿」から:ここまでできる→ネットで無料で読める世界の語学教科書(古典語篇):http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-565.html

「読書猿」から:無料で学べる多言語学習のための教材と素材をまとめてみた:http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-691.html

「読書猿」から:自宅でここまでできる→日本史史料の探し方/集め方:http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-529.html?all

EPWINGの古典語のサイト:EPWING for the classics:http://classicalepwing.osdn.jp/

EPWINGの近代語のサイト:Project Zephyr:http://projectzephyr.osdn.jp/index.html

サンスクリット語関係のみの語学教材を集めたケルン大学のサイトです。:http://www.sanskrit-lexicon.uni-koeln.de/

入学式・看板上掲式

 本日は午前中,千葉のポートアリーナで千葉大学大学院の入学式でした。人文公共学府一期生の皆さん,ご入学おめでとうございます。
 また4時からは,学長と理事の方々においでいただき,人文公共学府「看板上掲式」がありました。なかなか経験できるものではありません。皆様のおかげで改組を行えただけでなく,得難い経験もさせていただくことになりました。お忙しいところ,皆さんありがとうございました。
         

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よろしくお願いいたします。

 本日より千葉大学大学院人文社会科学研究科が改組となり,千葉大学大学院人文公共学府が開設されます。これから2年間,新学府の学府長をつとめます石井正人です。よろしくお願いいたします。

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 旧研究科は募集停止となりますが,在学生がいる間は存続するので,しばらくの間,旧研究科と新学府が併存します。新入生の皆さんにも,在学生の皆さんにもご迷惑をお掛けすることがないよう,精一杯つとめますので,御理解と御協力を賜りますようお願いいたします。

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お世話になりました

 何度かご報告しましたが,明日2017年4月1日より,大学院人文社会科学研究科は改組となり,人文公共学府となります。旧研究科の方は募集停止になりますが,在学生がいる限り存続し,しばらくの間は併存します。新入生の皆さんにも,在学生の皆さんにも,色々ご不便をおかけすることになるかもしれませんが,お許しください。
 人文社会科学研究科長を2年つとめましたが,人文公共学府長をもう2年つとめることになりました。今後ともよろしくお願いいたします。

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