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アダムズ・ファミリー

 うかつにも,2019年に「アダムズ・ファミリー」が再び映画化されることを知りませんでした.たまたま書店でこの本を見つけ,ようやく知った次第です.
 以前は植草甚一とか星新一とか,ヘビーなマニアが金と時間にあかせて収集していたものですが,今では私程度の趣味人にもこうやって簡単に手が届きます.

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 チャールズ・アダムズの作品は,その昔,まだ幼稚園にやっと上がるか上がらないかの頃に,叔父が講読していた『漫画読本』誌上で親しんでいました.不思議な魅力は,幼児にも伝わっていたようです.
 文藝春秋社の『漫画読本』は幼児の私のお気に入りだったそうで,祖母にせがんでしょっちゅう読み聞かせをさせ,祖母のお話を覚えて一人で繰り返せるほどだったそうです.大人の漫画雑誌ですから,岡部冬彦「ベビーギャング」とかボブ・バトル「地悪爺さん」いうような子供にも公然と見せられるものばかりではありません.小島功の「カッパ」とか富永一朗の「姐ちゃん」とかもあります。祖母は眉一つ動かさず,女性の裸体が出るたびに不自然でなく話しが「お風呂」に届くように創作して話してくれていたらしい.それを幼児の私が覚えて得意げに父母の前で絵を見せながら繰り返すと,祖母が真顔で,苦労の跡が分かるだろう,と父母に言っていたそうです.
 祖母も叔父ももう亡くなりました.
 『漫画読本』は傑作選が出ただけなので,私は全巻復刻を望みます。今にして思えば,本当に趣味の良い雑誌だったと思います.

 「アダムズ・ファミリー」の前の映画も好きでした.お父さんの役をやったラウル・ジュリアが気に入っていたのですが,あの映画の直後に50代で亡くなってしまい.とても残念でした.
 


『おたから サザエさん』

 長谷川町子生誕100周年を記念して,1949-74年に朝日新聞に連載されながら書籍化されていなかった四コマ漫画だけを初収録した新刊『おたからサザエさん』(全6巻)が朝日新聞出版から刊行されました.新聞掲載の『サザエさん』を姉妹社版の単行本化する際,作者の長谷川町子が多くの作品を未収録として葬ったのはよく知られています.まさにファン待望のコレクションであります.今回その中の696点が刊行されたようですが,原画も多くは失われ,やむなく新聞印刷を拡大した粗い画質で収録されています.掲載の日付と巻末の語注も助かります.もはや文化史上重要な史料の批判版刊行といったおもむきですが,それだけの価値がある作品だと思います.
 不思議なことに,今回初収録の多くの作品に,何となく見覚えがあります.もちろん一部の現物をリアルタイムで新聞で読んだことがあるからですが,さすがに私が生まれる前の作品は今回初めて見るはずです.
 長谷川町子が多くの作品を単行本に収録しなかったのは,出来が作者本人の気に入らなかったという原因の他に,急速に忘れられてしまう恐れのある時事ネタ世相ネタを思い切って捨てたのと,類似のネタ(使い回しでなくても,記憶違いなどで)を単行本収録時に整理したということもあったのではないか.この最後の原因のせいで,一部の作品に既読感があるのだと思いました.

 70年代に入ってから,『サザエさん』は保守的で性差別的な家庭像の典型としてしきりに批判されるようになりました.しかし連載開始当時,サザエさんは因習を破る新しい若い女性像として驚きを持って受け止められたのだそうで,あそこに描かれているのは保守的な家庭像とは縁遠いものであったと多くの年長の方から伺いました.新聞連載という制限があったものの,今読み返すと,登場人物みな権利意識が高く,今よりもはっきりした政治批判・社会批判が見受けられるようです.
 長谷川町子の別の作品,下宿屋の大家さんと店子の交流を描いた『エプロンおばさん』では,「エプロンおばさん」の高校生の次女に,性差別を乗り越えて女性が社会的に活躍することへの強烈な憧れと決意,若々しい自負心と批判性が描かれています.この下宿屋さんのご近所に「意地悪ばあさん」が住んでいて,やがてこちらが主人公となって別の作品『意地悪ばあさん』が生まれます.決して負けずへこまない気丈なおばあさんの少々毒のある言動を通じ,老人を邪魔者扱いする社会への批判を,笑いの中にくっきりと提示していきます.
 高校生の娘から,若い妻にして母親,そして隠居した老婦人にいたるまでの登場人物を通じて,長谷川町子は独自の立場から人権意識や,性差別や弱者差別への批判を貫いているように見えます.戦後の家庭漫画の基本はここから生まれたのだと思うと感慨深いものがあります.現代風にこの流れを引き継いだ,たとえば一世を風靡した,けらえいこ『あたしンち』に,意外に深く人間心理や社会の闇が書き込まれているのも,やはり正統な戦後家庭漫画の後継者であるからだと思います.

ファンタスマゴリアーナ

 メアリー・シェリーが『フランケンシュタイン』を書く切っ掛けになった「ディオダディ荘の怪談談義」で,その時バイロンやシェリーが読んでいて,こんな怪談を書こうじゃないかと彼らに影響を与えた『ファンタスマゴリアーナ』について先回触れたので,もうちょっと詳しく紹介しておきます.英文学のロマン主義研究では常識に属することとは思いますが,先頃発表された van Woudenberg の論文などを読むと,原典に直接立ち入った研究は2000年頃からようやく本格的になったものらしい.

van Woudenberg, Maximiliaan: The Variants and Transformations of Fantasmagoriana: Tracing a Travelling Text to the Byron-Shelley Circle. Romanticism 20.3 (2014): 306-320

 19世紀初めのドイツのドレスデンに,作家のクライストやティーク,画家のフリードリヒなどロマン派の錚々たる芸術家達が集う茶話会があり,古代の伝承や民話の怪異譚とか超自然現象とか,ロマン派好みの話題に花を咲かせておりました.既にこういう話題を満載した雑誌なども刊行していました.こういう文化的潮流の中心的人物であった August Apel と Friedrich August Schulze (Friedrich Laun のペンネームだそうです) が, "Gespensterbuch" という怪談集を1811年から1815年までに5巻出版して評判になりました.すると1812年にフランスの Jean-Baptiste Benoît Eyriès がこの中の数編と他のドイツの作品を集めてフランス語に訳し "Phantasmagoriana" という2巻本を出版しました.更にその翌年の1813年にイギリスの Sarah Elizabeth Utterson が,このフランス語訳の中の何編かに自作(らしいです)の1本を加えて "The Tales of the Dead" という英訳版を出版しました.
 メアリー・シェリーの父親ウィリアム・ゴドウィンや母親メアリ・ウルストンクラフトが,フランス革命の影響の中で生涯を捧げた,啓蒙思想とか合理主義とか科学礼賛とか進歩思想とか,身分差別撤廃・男女同権を目指す共産主義的政治理念とかいった明晰明朗な精神世界とはおおよそつながりそうもない,暗く見通しのきかない,奇を好んであさる文化的傾向です.たった一世代違うだけで,こうも変容してしまったのです.

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 ドイツ語原作の "Die Verwandtschaft mit der Geisterwelt" が,仏訳の "L'Heure Fatale" となり,英訳の "The Fated Hour" となっていくところを,それぞれ最初のページだけ紹介しておきます.

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新規勉強会 ---"Europa und die Welt seit 1945" と "Gespensterbuch"

 今期はドイツ語の勉強会を2つ開いています.
 火曜日の3限に,独仏共同執筆の現代史の教科書 "Histoire/Geschichte. Europa und die Welt seit 1945" (2006 Klett).まだ前書きすら終わっておりません.
 木曜日の6限に,J.A.Apel/F.Laun: Gespensterbuch (1811-15 Leipzig, Neudruck:2017 Norderstedt).第1巻第1話の "Freischütz" の初めの方を読んでいるところです.

 火曜日の現代史教科書の方は,何時になるか分かりませんが読み終わったら,続いてすぐに今度はドイツ・ポーランド共同執筆のヨーロッパ史教科書に移るつもりです.内容もさることながら,アカデミックライティングの手本といって良い,賛嘆すべき文体です.

 一方,木曜日の "Gespensterbuch" の方は,このままではピンと来ない方が多いかと思いますが,科学文明批判のSFの祖であり,現代ポピュラーカルチャーに絶大な影響を与え続けているメアリー・シェリー『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』(1818)の成立に大きな影響を与えた作品です.フランケンシュタイン(の怪物)が生まれることになった例の「デオダディ荘の怪談談義」で,バイロンやシェリーが読んでいたのが当時話題になっていたという『ファンタスマゴリアーナ 』"Phantasmagoriana" (1812) というフランス語の怪談集ですが,これはその前年にドイツのライプツィヒで出版された,この "Gespensterbuch" のフランス語訳でありました.ゴシックロマンというか,そもそもロマン派の怪奇趣味の源流であります.今日のホラー小説と同じような感興が得られるかどうかは疑問ですが,関心のある向きには一読の価値がありましょう.ドイツ語はさすがに古臭い文体ですが,易しいものです.

 関心と時間のある方は,どうぞお気軽に覗いてください.テキストはコピーで用意いたします.

素人臭さ

 カリンニコフの第1シンフォニーとか,ボロディンの「中央アジアの高原にて」とか,通筋からは素人臭いと一刀両断にされる曲が好きです.

 19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパ・クラシック音楽界は,行き詰まったヨーロッパ近代調性音楽の活路を求めて,民族音楽に多くを期待し,学ぼうとしていたようです.穏健なイギリス音楽界でさえ,イギリス民謡とオスティナートにこだわるホルストのような方向と(ホルストの『日本組曲』は余り演奏される機会がないようですね),ドビュッシー風の繊細な技巧と複雑な音色を追求するディーリウスのような方向とが分かれているように見えます。もっとも『ムシュー・クロッシュ』を読むと,ドビュッシーはディーリウスの作品を頭から馬鹿にして,相手にもしていない様子が垣間見えます.ドビュッシーが深く影響を受けていたのはムソルグスキーやガムラン音楽やジャズであって,大きな視野で民族音楽に向き合いながら,調性を根本から問い直し,新しい調性を作り出そうとしていたのではないか.
 各種の民族音楽は,それぞれに独自に高度な発展を遂げ,独自の複雑玄妙な世界を確立しているわけですから,これを改めて西欧音楽(ドイツ音楽と言いましょうか)の物質的条件や伝統的技法の中で再生させようとすれば,自ずと衝突や緊張,妥協もあります.どんな場合でも新しい音楽との出会いとは,技術や理論の問題よりも先に,先ずもって言葉にならない衝撃と,憧れと渇望であるに違いないから,これを情熱的に受容して自分の創作に取り入れようとすれば,民族音楽の模倣的再現に引きずられ,幼稚な素人臭い作品が形作られてしまうのも,当然のことかもしれないと思うのです.手元にあるのは相変わらず西欧的(ドイツ的?)理論のI-V-Iの枠組みなのだから.
 素人臭くないやり方も出来たかもしれないが(社会主義的リアリズムの名曲の数々はどこへ行ったでしょう),民族音楽に振り回されて素人臭い作品を作ってしまったその素直さや幼さを私は愛します.窮乏するカリンニコフに対してラフマニノフなどが極めて好意的で援助の手を惜しまなかったと聞きますが,カリンニコフの余りにも開けっぴろげな音の作りかたに「俺も汚れたな」とラフマニノフは内心思ったのではないか,私はそんな妄想さえ抱くのです.

 通人ぶるためには,良いものを愛する心よりは,どれを馬鹿にすれば良いか,を先ず学びます.「ねえ、だんな?」とご主人と仰ぐ権威の顔色をうかがう卑屈な態度を洗練させる術を身に付けます.今となってみれば,それほど報われる話でもありません. 
 しっかりした当事者意識を持って,ポストコロニアルやダイバーシティやAIやエコロジーの発展と協働し,現代の諸問題と向き合う新しい芸術を育み,芸術の「賢い消費者」となる人材を育成するというのが現代人文学教育の一つの大きな課題とするなら,素人臭さの中にこそ未来のあり方を探るべきではないかとも思います.
 

宇多田ヒカル論とモーラ論

「宇多田ヒカル「真夏の通り雨」講義―――「ポピュラーカルチャー論」の教材として」
http://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/104937/chibaproject_2018_337_ishii.pdf

「音韻組織とモーラ論再考―――柳澤・荒井「フォルマント遷移とインテンシティの減衰が促音の知覚に 与える影響」(2015)を参考に 」 
http://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/104931/chibaproject_2018_336_ishii.pdf

の2論文を千葉大学大学院研究プロジェクト論集に公開しました.授業で扱えなかった範囲も詳しく述べたので,参考にして下さい.


悦ちゃん 再び

 数十年前,昭和30~40年頃に獅子文六『悦ちゃん』がブームになったらしく,テレビドラマ化されたり,マンガや絵物語に改作されていたようです.つのだじろうがマンガ化したものが,雑誌「りぼん」の付録になっているのですが,ざっと調べても3種類,昭和33年4月号,昭和34年6月号,昭和41年2月号の版があるようです.版を重ねただけかと思っていたのですが,どうもその都度新たに書き下ろしているらしい.確認すればいいことなのですが,この手の雑誌・雑誌付録は古本市場でもレアなもので,なかなかすぐには手の出せないお値段になります.ファンの端くれとしてはすぐにでも読んでみたいところですが,残念至極です.

 比較的新しい昭和41年版が,まあまあ手の届くお値段で出ていたので,ようやく手に入れることができました.

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 表紙の人は,このころ日本テレビでドラマ化された時に悦ちゃんを演じた岩村百合子さんという方だそうです.録画もあれば観てみたいですが,無理でしょうか.

アンドーナツ

 ドイツにベルリーナー (Berliner) というお菓子があります.ジャム入りの揚げパンで,寒い冬の日に屋台で揚げたてを買って食べるのは,なかなか幸せなものです.正式にはベルリーナー・プファンクーヘン (Berliner Pfannkuchen)「ベルリン風揚げパン」と呼ぶのだと思いますが,ベルリン以外の土地ではベルリーナー、ベルリンでは単にプファンクーヘンと呼ぶようです.「ベルリンじゃベルリーナって言わないのよ,これ」と,ドイツ人とベルリーナーを食べているとよく教えてもらいました.この手の揚げ菓子がドーナツの源流なのだそうです.

 ついでによく教えてもらったのは,まだドイツが,そしてベルリンが東西に分かれていた時,当時の西ベルリンでアメリカのケネディ大統領が演説し,分断されたドイツ国民を励まし,連帯を表明するために,”Ich bin ein Berliner !"「私はベルリン市民だ!」 とドイツ語で言ったというエピソードです.英語と異なり,ドイツ語のこの構文では普通は不定冠詞をとりません.そこで通訳が間違え,このケネディの格調高い名言を「私はジャム入りドーナツだ」と英訳した,というのです.この話はアメリカでもドイツでもわりと好まれ,よく知られていますが,都市伝説だそうです.―――この文脈だと,この不定冠詞はこれでいいのだと思います.「実際のそれではないが、ある種の,いわば~である」という意味になり,むしろこなれたドイツ語になるはずです.

 私がベルリーナーで思い出すのは,日本のアンドーナツです.発祥のことはよく知りませんが,あんパンを油で揚げてみたからできたというよりは,アメリカ経由でジャム入りドーナツを学んだ結果,生まれたものではありますまいか.
 昭和一桁生まれの母親の好物で,見かけると必ず買って来ていました.こういう駄菓子が好きな人で,私の駄菓子好きも母親に似たのです.
 幼い頃に,女学校の歴史教師だった父親(私の祖父)を脊椎カリエスで亡くし,戦中戦後の大変な時期を,寡婦となった母親(私の祖母)の洋裁で生き抜きました.たいそうな貧乏をしたそうです.社会人になってから,闇市を歩いて帰るのが楽しみで,とても手の出ない値段のおいしそうな食べ物を見ているだけで良かったと話してくれます.若いから,特に甘いものが欲しかった.闇市で中国人がアンドーナツを売っていたのが,とても強く印象に残っていると言います.「熱いで,甘いで,おいしーでー!」と独特のイントネーションをつけて売る,その声が今でも思い出せるそうです.
 もしかしたら,アンドーナツをこっそり愛好している高齢者は結構多く,みなさんなにがしかほろ苦い思い出を持っておられるのではないかと,そんな気さえします.
 私は不健康な肥満の元になる駄菓子が純粋に好きですが,父母の代がひっそり持っていたほろ苦い思いも好きです.


炎上する図書館

 日影譲吉『内部の真実』が創元推理文庫で復刊されたのはファンとしてとても喜ばしい思いです.第二次大戦中将校として台湾北部に駐屯していた作者の体験を元に書かれた,台湾を舞台にした一連の創作の頂点をなす作品です.
 この作品の中で不思議に印象深いのが,主人公が台北の本部に出張した際,空襲で炎上する大きな図書館を目撃した様子がさりげなく書き込まれていることです.窓からもくもくと煙が出ていたとしか書かれておらず,それ以上何の感慨もありません.
 戦火のニュースに接するたびに,炎上する図書館のことを思います.
 戦争のたびに図書館が燃え,あるいは書物が略奪され,紙媒体の文化財はひどいことになります.略奪図書については,学者達の醜悪な言動も記録に残っています.
 有名なのはベルギーのルーヴァン大学の図書館で,第一次世界大戦と第二次世界大戦と,2度にわたって侵略してきたドイツ軍に破壊されました.(それこそ地政学的に,同じ事を企むと同じような作戦にしかならないのでしょうが)戦後の再建大会の写真を見ると,廃墟に「ここにドイツ文化終わる.」” Ici finit la culture allemande.”と書かれた横断幕が掲げられているのも悲惨です.(下の本のカバーに使われています.)

 ヴォルフガング・シヴェルブシュ (著), 福本 義憲 (訳)『図書館炎上―二つの世界大戦とルーヴァン大学図書館』(法政大学出版会 1992年)

 しかし他方で,ロンドン大空襲の後でも,天井が抜け,床が傾いた図書館に,何食わぬ顔で市民達が本を読みに来ている有名な写真を見ると、戦火にもめげず本を通じて知識や楽しみを得ることを止めなかった人々の姿に励まされます。この写真はネット上でいくらでも見ることができますが,私はまだネットのない時代に,下の書の旧版で初めて目にし,深く感銘を受けました.

 アルベルト マングェル (著), 原田 範行 (訳)『読書の歴史―あるいは読者の歴史』(柏書房 新装版 2013年)

 戦地でも兵隊達に図書は熱く求められていたようです.つい最近下の書でその事実を知り,日本軍で聞いたこともなかったので,随分驚いた次第です.

 モリー・グプティル・マニング (著), 松尾 恭子 (訳)『戦地の図書館 (海を越えた一億四千万冊)』 (東京創元社 2016年)

 しかし第二次世界大戦が終わっても,戦火は収まりません.学校や図書館が徹底的に破壊され,それどころか学ぶ主体の子供達自身が残虐に命を絶たれています.
 そして同じように,人々は戦火の中でも本を守り,むさぼるように読んでいます.

 ジャネット・ウィンター (著), 長田 弘 (訳) 『バスラの図書館員―イラクで本当にあった話』(晶文社 2006年
 デルフィーヌ・ミヌーイ (著), 藤田 真利子 (訳) 『シリアの秘密図書館 (瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々)』(東京創元社 2018年)

 ところが戦火がないのに,日本では紙の本はもはや置き場所もなく,人手も予算もない図書館は,貴重な図書を次々に廃棄せざるを得ないところに追い込まれています.電子化が進んでいるのが救いですが,まだまだ万人が容易に近づけるものではなく,集約された分,一瞬にして大量のデータが失われる危険性もあるでしょう.
 即戦力にならない知識は無駄なものとされ,憎まれ,疎まれ,捨てられるのです.図書館が炎上し,紙の書物が惜しげも無く廃棄される時は,即戦力にならない弱い立場の人間がないがしろにされ,滅ぼされていく恐怖の時代だと思います.

 何度鼻先で笑われ,唾を吐きかけられても,炎上する図書館の意味する恐怖を,もう一度伝えていきたいと思います.どうぞまた気の済むまで,この頭の悪いセンチメンタルな老人を罵倒し,乱暴を働いてください.

 道行く人よ,何とも思はざるか.

 口を塵につけよ,あるひは望みあらん.


入学おめでとうございます!

 本日午前中,千葉ポートアリーナで千葉大学大学院入学式が行われました.約1200人の新入生が学長より入学を許可されました.人文公共学府では58名の新入生を迎えることができました.

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます.本学府に集まってきて下さって,ありがとうございます.
 学長は祝辞で,他分野の成果をよく注意して学べ,知的リーダーに相応しい人格を陶冶せよ,と皆さんを励ましました.いつもながら,徳久学長の飾りも衒いもない,篤実な助言です.私のような「文学青年」崩れで,ひねくれた「名言」を物心ついてからもてあそび尽くしてきた人間にとっては,この年になって学長のような素直な言葉が本当に身にしみます.学長の誠実な助言が,皆さんの心にも届きますように.わが人文公共学府の理念も,学際性と社会性であります.及ばずながらみなさんの援助をしたいと思います.

 どうかよろしくお願いいたします.

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