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カールスバートのオプラート

 前にちょっと触れたお菓子の話の続きです。
 チェコの西部にある有名な温泉町カルロヴィ・ヴァリ(Karlovy Vary)は,もとはカールスバート(Karlsbad)と呼ばれ,ハプスブルク帝国の富裕層の保養地で,ドイツ系住民が多く住んでおりました。第二次大戦後にドイツ系住民は強制退去になりました。ゲーテが老いらくの恋で騒ぎを起こして息子に自宅まで連れ戻された一件が確かこの地であったことです。
 この町に昔からある名物が,「カールスバートのオプラート Karlsbader Oblaten」(現在はチェコ語で 「カルロヴィ・ヴァリのオプラート Karlovarské oplatky」)というお菓子です。ちょうど風月堂のゴーフル,それも昔ながらの大型のあれにそっくりなお菓子です――というか,話は逆で,風月堂のゴーフルの源流がこの「カールスバートのオプラート」です。挟んであるクリームが風月堂の方がはるかに洗練されていて,オプラートはナッツや香料の混ざった白砂糖の溶かしたものが塗り付けてあり,じゃりじゃりした食感,おまけに不用意にかぶりつくと,ばらばらその砂糖がこぼれおちて食べにくい。
 問題は当然この名称でございます。

 オプラートというのは「オブラート」としてどうも日本で独自の発達を遂げたので,どうしてゴーフルがオブラートと呼ばれているのかピンときません。
 この炭酸煎餅の(有馬温泉などの温泉地で有名な炭酸煎餅は,オプラートにヒントを得て作り出されたようです)ような焼き物は,元来種無しパンの一種の保存食で,鉱泉の水を使って小麦粉を薄く焼き固め,あの軽い食感を工夫したのだそうです。
 その軽いところから,水に浸して柔らかくし,薬などをくるんで飲んでいたらしい。そのオブラート,デンプンから作られる水に溶けやすい半透明の食べられる薄い膜にまで開発発展させたのは,日本人なのだそうです。昔はお菓子をよくオブラート包んで売っていましたが,いまではボンタンアメとか兵六餅とかくらいにしか見ません。「オブラートにくるむ・つつむ」などという慣用表現は,実感が伴わず,もう死語なのでしょうね。

 さてこの「オブラート」という名前ですが,ラテン語の oblatum から来ています。初級ラテン語で最も苦労させられる語彙の一つが fero の派生語ですが(不定形:ferre,完了形:tuli,過去分詞:latus, -a, -um !),これも offero 「提供する,捧げる」という語の過去分詞から作られました。すなわち「捧げ物」(offering !)という意味です。
 キリスト教のミサや礼拝で用いるホスティア「聖体」「聖餅」に,このよう薄焼き煎餅のようなものを使うので(カトリック教会では今日でも),この名前があります。

 これが私たちの知るお菓子「ワッフル」に発展するのは,フランドル地方であったようです。生地そのものよりも,焼き印に注目し,火が通りやすくぱりぱりした触感の楽しめるあの独特の井桁模様にしていきます。Waffelという名は,Wabe「蜂の巣」から来ているようです。これらは遠くweben 「織る」につながります。ウェハースというのも,同じものです。
 
 この "w" の発音は,16世紀以前は現在のドイツ語等の /v/ と違い,英語と同じ発音 /w/ でしたが,フランス語では正確に発音できなかったようです。そこで/gj/(ギャギュギョの音)で代用します。一番似ている音だと思ったらしいのです!「ウィリアム William」 が「ギョームGuillaume」 になる類です。
 そこで「ワッフル wafel」 も「ゴーフル gaufre」 になります。しかしワッフルはワッフルだけで,独特の大発展を遂げたのですが,それはお若い方の方が良くご存じでしょう。
 日本には別々のルートで入ってきたので,名前も形も,もともと同じものであったとすぐには分からないようになっています。

 ホスティアの長い数奇な歴史であります。