So-net無料ブログ作成

セミとキリギリス

 現代日本文化がどのように翻訳紹介され,国際的に受容されているのかについて,昔とは比べ物にならないくらい質量ともに向上した日本現代文化の翻訳,現代小説やマンガやアニメ等の英訳・ドイツ語訳・フランス語訳・中国語訳などを日本語原文と比較して精密に分析する研究分野が大きく発展しています。
 この分野で研究を続けている院生さんが,奇妙な「誤訳」に突き当たりました。奇妙な意訳や誤訳はそれこそ山のようにあり,そこにかえって現代日本文化の海外発信が持つ本質的な可能性や問題性が明らかになっている場合がよくあります。しかしこの院生さんが遭遇した「誤訳」は,研究者にとっては背景が明らか過ぎるという点で,かえって奇妙なものでした。
 あるマンガにあった「セミ」という語が,ドイツ語で「Grille (コオロギ、キリギリス)」と翻訳されていたのです。「セミ」を「キリギリス」と意訳するというのは,これはもう,比較文化・文化伝承・翻訳の研究の分野では基礎中の基礎の事例です。1970年代に小堀桂一郎が『イソップ寓話 その伝承と変容』で明らかにした問題です。この名著はその当時中公新書でしたが,今は講談社学術文庫に入っています。イソップ寓話発祥の地ギリシャのような南ヨーロッパではセミは珍しくない生物だが,北ヨーロッパにはほとんど生息しておらず,なじみがありません。そのため,ラ・フォンテーヌがイソップ寓話を翻案する際に,セミを,北ヨーロッパの読者にもなじみ深いキリギリスに意訳したのでした。これをさらにディズニーがアニメ映画にしているので,世界中に定着してしまいました。ある日本の新聞が「アリとセミ」と書いたら,「アリとキリギリス」の間違いだろう、怪しからん、という読者からの抗議が殺到した,というエピソードを聞いたことがあります。
 この伝承研究があまりにも有名なので,つい当たり前で,誰でも知っているような気になります。しかしこのイソップ寓話の伝承と変容が,こちらのマンガの「誤訳」にも影響していると言えるでしょうか。試しに日本語の堪能な若いドイツ人に聞いてみたところ,なぜ日本語の「セミ」が「コオロギ(キリギリス)」とドイツ誤訳されているのか,全く分からない,ということでした。
ここで今院生さんが四苦八苦しているところです。
 以下この院生さんの中間報告です。
 傍証ですが,ドイツ語でコオロギ(キリギリス)の鳴き声などを表す zirpen という動詞があります。これがいくつかの独独辞典で「セミやコオロギの鳴き声を表す」と説明されています。なぜこんな説明をしているのかと不思議になり,辞書の辞書である Grimm の大辞典を調べたところ,1)コオロギやセミの鳴き声,2)小鳥の鳴き声,3)ネズミの鳴き声等とありました。どうもグリム大辞典が典拠となり,あちこちの辞典に引き写されていった様子です。
 辞典によくあるのですが,実物に直接当たらず,別の辞書を引き移していくために,誤解が広がったりするのです。面白おかしいエピソードに事欠きません。
 セミがコオロギ(キリギリス)と意訳されるには,されるだけの背景があったということらしい。この奇妙な「誤訳」の背景には,生物の鳴き声,特に「虫の声」に対する,日独のこれだけの感受性・文化的蓄積の差があるようです。

 それにしても,一体ドイツ人には zirpen どんな音で聞こえているのでしょうか?分かりますか?
 こういうことを調べ,考えていくことこそ文化伝承・翻訳・国際理解研究の醍醐味であり,こたえられない味わいだということは分かりますが,zirpen を実感的に理解することはなかなか困難です。いずれこの院生さんが,このテーマで面白い論文をまとめてくれるのを楽しみに待つことにいたします。

※セミをコオロギにしたのは,ラ・フォンテーヌよりイギリスのシュタインヘーヴェルの方が先だとか,院生さんからうるさい訂正が入っていますが,まああらあら上のようなことです。