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秋の風

 九月に入ると,まだ授業はありませんが,会議などは普通の日程に戻るので,なんとなく慌ただしい毎日になります。ここでは詳しく申しませんが,本学大学院の博士前期課程《秋季選抜》に多数の応募を頂き,喜んでおります。弓道の心得もありませんが,ここは気を引き締めて,

 秋風や白木の弓に弦はらん(去来)

というきりりとした気持ちで参りたいと存じます。―――それとも,いくら気張って見せても私程度だと,

 これはさて さてさてこれは 秋の風(止角)

などという感じでしょうか。

 本当はここで,小西甚一先生の本から面白いところ(いっぱいありますが)を引用しようと思っていたのに,『俳句の世界』は見つけて読み返せたものの,『日本文学史』がどうしても見つかりません。数年前家族に貸したのをぼんやり思い出しましたが,さてそれからどうしたことやら。さっぱり「きりり」となどしないので,お恥ずかしい限りです。
 
 「寛政ごろから、幕府体制の管理政策は、そろそろ末期的な硬化症状を示し、革新への自由はひどく圧しつけられ、思ったことを正面からしゃべらないのが安全第一だとする卑屈な心理は、社会ぜんたいに行きわたってしまった。正面からはっきり述べて処罰されるよりも、裏へ廻ってちょいと皮肉ってみせるのが、苦労人の藝だと意識された。体制側から睨まれない安全地帯で、ばかげた滑稽にふざけてみる。それが、民衆に許された唯一の精神的自由であった。」小西甚一『俳句の世界』


 今読み返して,中々耳の痛いところです。「卑屈な心理」や「苦労人の藝」への共感は断ちがたいものがあります。

 日の暮れや人の顔より秋の風(一茶)

 とまあ,気を取り直したり,気落ちしたりして,例年通り秋を迎えています。

蝉丸P師の『仏教講座』

 蝉丸P『つれづれ仏教講座』(2012 エンターブレイン)は本当に良い書物だと思います。行き届いた参考文献・読書案内も付いていて,「日本における宗教」を考える上で必読書だと思います。ゲームやアニメ・マンガをたとえに使ったざっくばらんで見事な説明はアクチュアル過ぎ,私などはむしろそっちの方に注釈が必要な程ですが,そこは学生が喜んで助けてくれます。
 蝉丸P師は四国で真言宗のお寺の住職を務める傍ら,ニコニコ動画の有名人で,特に「サンタ菩薩」礼拝の動画は名作中の名作、私などあちこちの授業で毎年年末に紹介します。学生の皆さんに「日本における宗教」を自分の問題としてきちんと自覚し,考えて貰うのに,これほどよい手掛かりはないと思っています。本研究科が育成を目指す公共性を身につけた次世代の新しい教養人には,自国の歴史と政治に対するのと同様,宗教に対しても深い理解と確かな主体性が不可欠であろうと思います。
 蝉丸P師の様な方々にこそ本当は講義や講演をお願いしたいところです。しかし,こちらはお呼びできるだけの予算もないし,ご住職様方は日々のお仕事でお忙しいから,残念ながら今のところ叶わぬ夢であるようです。

日本の戦後民主主義を見つめる眼差し

 話題として少し遅くなってしまいましたが,2015年9月19日(土)の『日本経済新聞』文化欄に,最近の「占領史」研究の成果を紹介するとても興味深い記事が掲載されました:「敗戦後の日本 米国主体の改革に異論 占領史研究が開く知見」
 2015年の読売・吉野作造賞を受賞した,獨協大学教授・福永文夫『日本占領史』(中公新書)に発表された研究成果は感動的ですらあります:憲法も日米安保条約も,アメリカから日本への一方的な押しつけで生まれたものではない。「日本の再生に向けた様々なビジョンを日米が戦わせ,対立・協調を繰り返すダイナミックな時代の流れ」の中から作り出されたものだ。例えば占領当時「マッカーサーの贈り物」と言われた婦人参政権の付与や農地改革,労働組合法の制定などは戦前からの懸案で,GHQが主導する前に担当省庁の官僚が改革案を練っていた。「GHQによる民主化がこうした動きを一気に解放した。民主化は日米の合作ともいえる」―――
 確かに私たち日本人は,祖父の世代が日本の再出発のために払った努力と作り出した成果に,もっと誇りを持って良いということでしょうね。

 それにしてもこの記事は,偶然なのですが,作家の玉岡かおる氏の「負けん気の女」という,これまたとても興味深い美術に関する連載記事と同じ紙面に掲載されていました。連載最後の第10回目に取り上げられていたのは,クリムトの「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I」で,あの「黄金のアデーレ」が何とも言えないアンニュイな眼差しで「占領史」の記事の斜め上に鎮座していたのは,巧まずして見事な取り合わせの妙だと思えました。
 姪に言わせるとユダヤ人の大富豪の娘であり,実業家の若妻であったアデーレ(1881-1925)は「病弱で,何時も不調に悩み,常に頭痛に苦しみ,煙突のようにタバコを吸い,恐ろしく華奢で,陰気だった。理知的な顔つきをし,細く,エレガントだった。自惚れ屋で傲慢だった...絶えず精神的な刺激を求めていた」„krank, leidend, immer mit Kopfweh, rauchend wie ein Schlot, furchtbar zart, dunkel. Ein durchgeistigtes Gesicht, schmal, elegant. Süffisant, arrogant ... Stets auf der Suche nach geistiger Anregung“ そうですが,当時最先端の芸術家達と社会民主党の政治家達をサロンに出入りさせていたこの「負けん気の女」の眼差しの意味は,一筋縄ではとらえられますまい。回りの金箔に目を奪われている間はとても無理だと思います。

「有用人材」とは何か

 今年の6月8日(月)に文部科学大臣名で「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)」という文書が発表され,大きな論議を引き起こしました。

文部科学省HPより http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/062/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2015/06/16/1358924_3_1.pdf

 特に議論の対象になったのは「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組む」(3ページ)という箇所で,「人文社会科学が国立大学から消滅する!」といった極端な批判から「文系軽視」に対する警戒や危惧の声まで,多くの否定的反応がありました。

 これに対して9月11日(金)の文部科学大臣記者会見で,誤解を生みやすい文言であったことは認める,文系軽視ではなく,「廃止」とは教員養成系学部のいわゆる「ゼロ免」コースのことだったと説明がありました。しかし一方で,「社会的に要請の高い分野」への対応と,育成する人材像の明確化を実現する大学改革を促進する政策には変わりはないという趣旨の発言がありました。
 これに先立つ9月9日(水)に,経団連から「国立大学改革に関する考え方」という文書が発表され,議論を呼んだ上の6月8日付文科省通知文書に言及して「今回の通知は即戦力を有する人材を求める産業界の意向を受けたものであるとの見方があるが、産業界の求める人材像は、その対極にある」と明言しています。文部科学大臣の記者会見でも,この文書が詳しく取り上げられました。

経団連HPより http://www.keidanren.or.jp/policy/2015/076.html


 本研究科も人文社会科学の大学院ですから,議論の成り行きには重大な関心を持っていました。おかげさまで本研究科の教員も院生も高い成果を上げている上に,学長を始め千葉大学役員の先生方も人文社会科学に理解があり,本研究科の「廃止」などということは問題にならずにすんでいます。
 しかし,「社会的に要請の高い分野」への対応と,育成する人材像の明確化については,大いに反省し改革の必要があるところかと思います。「有用人材」とは何か―――この夏はこのことを巡って,専門の先生に助言を得ながら,スタッフで手分けをし,多くの方々に教えを乞うて回りました。お忙しい中を皆さん親切に時間を割いて下さり,丁寧にご教示下さいました。
 まだまだ足りません。修了生のことを考え、「有用人材」や「就職支援」のことなどに熱心に取り組んでこなかった今までのつけだと思って,できる限りのことを続けていきたいと思います。