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ビュリダンの驢馬

 春休みは教師にとって大忙しで,つい更新を怠ってしまいました。学期末の成績や,入試など,軽々には口にできない業務が多くて緊張します。

 親戚の女子高生が,学校で「ビュリダンの驢馬」の話を習ってきて,呆れていました。驢馬には自由意志や決定能力がないから,2つの秣の山の間に置かれると,どちらを食べてよいのか決められず,餓死するという―――おおよそ説得力のない,日常的実感に反することおびただしい思考実験であります。驢馬は決して死なない!と彼女は息まきます。以前は「スコラ学」「スコラ的」というと空理空論という悪口だったものですが,久しぶりにそれを思い出しました。
 そして自分が高校生の時も,ビュリダンの驢馬の話に,同じような反応をしたことも思い出しました。
 もちろん私の場合は,科学哲学の歴史からビュリダンを知るに至ったのではさらさらなく,花田清輝の『復興期の精神』の一節から知ったのであり,しかもこの魅力的な中世の哲学者の名前は単なる伝説の一部として,フランソワ・ヴィヨンの有名な詩の方に心を奪われていたのです。「ビュリダンを袋に詰め,セーヌに流せと命じたまいし女王いまいずこ。さあれさあれ、去年(こぞ)の雪,いまいずこ où est la royne /Qui commanda que Buridan /Fust jetté en ung sac en Seine ? /Mais où sont les neiges d’antan !」という,鈴木信太朗訳の名調子で。
 若かった頃の私にはこの女王様の方がビュリダンよりはるかに気になったし,若くなくなった今でも,目の前に相変わらず生きの良い様子でビュリダンの「空理空論」に腹を立てている女王様がいらっしゃるわけです!
 ええ,おっしゃる通り,もちろん驢馬は死にません!
 死ぬのは人間です。中途半端な知恵と自由意志を持てあまし,振り回されて一生を終わる人間です。脇目もふらず,見えたほうの秣の山に突進し,猛然と秣を食う驢馬にはるかに及ばない,人間というやつです。そんなことがこの年齢になってようやくしみじみ実感できるようになりました。
 そんな人間にできることといったら,せめて驢馬の素直な生き方に近づこうと腐心するか,案外食えないビュリダンのたくらみを一緒になって面白がるか,言わずと知れたヴィヨンの豪胆な美学に酔いしれるか。いえ,それ以上に,王女様王子様たちの若くみずみずしい知性と感性を喜びいとおしみ,進んで袋詰めにされてセーヌ川に投げ込まれることではないかと思います。
 もうすぐ4月になればまた本研究科も新しい王女様王子様たちをお迎えします。セーヌの水も温む頃でしょう。

 花田清輝の『復興期の精神』は高校の時の愛読書だったので,やはり一度では通り過ぎることができません。
 「高らかに生の歌をうたい,勝ち誇っている死にたいして挑戦するためなら,失敗し,転落し,奈落の底にあって呻吟することもまた本望ではないか。生涯を賭けて,ただ一つの歌を―――それは,はたして愚劣なことであろうか。」などという華麗な文飾に胸を躍らせ,ただ一つの歌を歌い続けることが愚劣かどうか熱く議論するなどというのは,高校生だからできたことでありました。
 その後日本でもファンの多い現代オーストリアの画家ゴットフリート・ヘルンヴァイン(Gottfried Helnwein)の「歌 das Lied」を知るに至り,自らの「歌」の甘さを思い知りました。女性・子ども・老人など弱者に対する暴力を激越に告発し続けるこの画家の「歌」は,止むに止まれずほとばしる,絶叫のようなものでありました。しかもこのヘルンヴァインの「歌」すらも,積み重ねられる現実の悲惨さの前には弱々しいものでありました。 
 この歳になって分かったのは,私の歌などは熱い思想から生まれるものでも,切実な思いから生まれるものでもなく,それ以外に出来ることもないから地味に続けているだけの手すさびに過ぎないということでした。何しろ不器用ですから,空気も読まずに調子はずれの歌をうたい続けます。死刑台に曳かれていくときも,小唄を。ガルゲンフモール Galgenhumor というやつを。「あな羨まし。世にあらん思い出、かくこそあらまほしけれ」と言ってもらえたら,手を振りましょうか。

東日本大震災から5年

 あの日は,翌日の後期試験の準備のために3階の研究室にいて,尋常ではない揺れであったため,慌てて外へ飛び出しました。大地が緩やかにめくれ上がってくるような,長い,嫌な揺れ方でした。20分ばかりもして研究室に戻ってみると,無造作に天井近くまで積み上げてあった書籍は棚ごと床に落ちて散乱していましたが,飲みかけのままデスクの上に置いたコーヒーは一滴もこぼれていなかったのが印象的でした。交通機関も止まり,入試関係の対応もあったので,おさまらぬ余震の中で不気味にきしむ研究室で一晩を過ごしました。それから2週間ほど,なんだか微熱におかされたような,不思議に何処か麻痺したような感覚のままぼんやりと家の中に籠もって待機の生活を送りました。
 あれから5年目の区切りに,なお続く被災者の苦しみ,進まぬ復興について,重苦しい数字が新聞紙上にまとめられています。大震災の端にいて感じた,恐怖も怒りも悲しみも共感も,忘れてはおりません。何度でも話を聞かせて下さい。
 長谷川櫂の『震災歌集』と『震災句集』を読み返して,この日を過ごします。

みちのくはけなげなる国いくたびも打ちのめされてたちあがりし国

 Requiem eternam dona eis, domine. Et lux perpetua luceat eis.

町の名前

 辞書の編纂に携わっていると,普段気にも留めていなかったことが重大な問題になる場合があります。何気なく使っている言葉の深みに気付き,研究の手掛かりをつかむ瞬間です。そんなエピソードを楽しく物語にしてくれた三浦しおん『舟を編む』は,言葉を学び,研究しようとする人には格好の入門書です。
 普通日本の辞書も,文部科学省の方針によって教科書も,外国語の人名や地名は原音主義を取ります。ドイツ語の名前ゲオルクは英語ではジョージですから,1714年にハノーファー選定侯ゲオルク・ルートヴィヒがイングランド王に即位するとジョージⅠ世と表記します。フランス語の名前アンリは英語ではヘンリーですから,1154年にアンジュー伯アンリがイングランド王に即位すると,ヘンリーⅡ世と表記します。
 当たり前のように聞こえますが,英独仏の歴史記述を見ると,結構これが当たり前ではなく,自分の言葉の発音や形を貫くことが多いのです。その方が面倒がなくて良い場合が多い。フランク王国はゲルマン人の国だから,絶対カール大帝が正しく,シャルルマーニュはいかん,と言い切る自信は私にはありません。都市の名前になると,問題はもっと微妙です。いろんな言葉を持った人に征服され,そういう歴史的経過を背景に,複数の名前を持っているからです。ヴェネツィアかベニスか,フィレンツェかフローレンスか,ケルンかコローニュか,などいうのはまだ可愛い方で,ヴュルツブルクが英語でラティスボンとか,私も今日初めて知りました。
 多くの東欧の都市は,諸民族が入り乱れた結果,複数の名前を持ちます。不用意にブラティスラヴァをプレスブルクと言ったり,グダンスクをダンツィヒと言ったら,誰かの神経をさかなでることになりかねません。
 辞書編纂のための規則作り,退屈な原則論だったはずのものが,いつの間にか生々しい歴史問題の真ん中にいることになるのです。

 私の一族は,曾祖父の代に韓国に渡り,ミョンドンに店を構え,総督府の御用をつとめた塗装業者でありました。うちではペンキ屋と言います。亡父は韓国人の使用人にかしずかれて育ちました。どういう思い出があったのか知りませんが,亡父は晩年韓国語の勉強にのめり込んでいました。1945年に全てを失って一族は帰国しました。
 それでも一族の者は,韓国の首都のことを「京城」と呼び続け,誰一人ソウルとは呼びませんでした。子どもの頃からそれを聞いて育った私は,実に大学生になるまで,「京城」と漢字で書いて,韓国語で「ソウル」と読むのだと漠然と信じておりました。山辺健太郎『日韓併合小史』をテキストにした韓国現代史の講義を受けていたりしながら,この有様でした。
 深刻な思いで自分の誤解に気付いたのは,大学院時代に韓国語の勉強をしてからです。私は一人落ちこぼれて,残念ながらものにはなりませんでした。けれども私の中に深く刻まれていた「日韓併合小史」を知ることは出来ました。町の名前一つおろそかにできないものだと,やっと私はこういう経験で知った次第です。

 辞書の項目一つ一つに,こういう経験や知見が込められているのですが,私たちが作った辞書を使って下さる皆さんに少しでも伝わることを祈っています。
 

 外国語教育の関係者なら誰でも知っていることですが,ゲルマン系の言語にはもともと春と秋を表す概念がなく,季節は夏と冬しか区別していなかったようです。四季の区別をし始めたのは,ラテン語の影響を受けてかららしい。現代のゲルマン系諸語にもそれが反映していて,夏と冬はサマーとウィンターのヴァリエーションなんだなということが一目でわかりますが,春と秋は複雑です。

英語 spring summer fall/autumn winter
ドイツ語 Frühling Sommer Herbst Winter
オランダ語 voorjaar zomer herfst winter
デンマーク語 forår sommer efterår vinter
スウェーデン語 vår sommar höst vinter
ノルウェー語 vår sommer høst vinter
アイスランド語 vor sumar haust vetur


アルプス以北のヨーロッパの,あまりにも短い春と秋を経験すると,このような言語の状態も実感としてよく分かります。デンマーク語が典型的で,år は「年」ですから,「年の前半=春」「年の後半=秋」というような大雑把な命名であるようです。形が似ていてややこしいのですが,スウェーデン語とノルウェー語の vår は,ラテン語の春である ver (!) の借用語だそうです。
 こうなると逆に不思議になるのは,ロマンス系諸語の四季です。ラテン語にはしっかり四季の区別があったのだから,そのまま受け継げばいいと思うのですが,実態はこの通りです。

ラテン語veraestasautumnushiems
フランス語 printemps été automne hiver
スペイン語 primavera verano otoñoinvierno
ポルトガル語primaveraverãooutonoinverno


おかしな言い方になりますが,雑談なのでお許しください。春と夏の扱いが,どうも乱れている。フランス語が primo tempore 「(年の)最初の時期」から来ているし,スペイン語はもうラテン語の春を夏ということにして,春は「春(夏)の最初の時期」というような無理な呼称を作り出しています。
 春のはかなさ,慌ただしさがこういった呼称の状態に表れているような気がしてなりません。長く暗い冬をやっと生き延びて光と暖かさと命あふれる季節が到来してみると―――花が次々と咲き,新芽が次々と出,田の準備もせねば,家畜たちの世話もまた,となるとじっくり春の香りや色を楽しんでいる暇もあらばこそ,仕事用事もまた,どっと芽吹き,丈を伸ばして,私たちを慌てさせます。
 本当に春は忙しいのです。新芽,新人,新入生をお迎えせねばならぬから。毎年毎年大騒ぎで,いつも結局どこかに至らないところが出て,ごめんなさいね。長い目で見てやってください。


春風

 3月10日には東京大空襲の犠牲者を悼み,翌日3月11日には東日本大震災の犠牲者を悼み,春だといって浮かれてばかりはいられません。この時期,東京湾の沿岸には生ぬるい強い風が吹きます。春の訪れを感じさせる風なのですが,この風が堪えがたいのだと,教えてくれた教員の先輩がありました。私が30年近く前に大学に勤め始めた頃,手取り足取り大学での業務を一から教えてくれたのは,私の親と同じ昭和一桁生まれの先輩教員たちでした。みな私の親と同様,少年少女の頃に空襲の中を逃げ惑い,辛くも生き延びた人たちでありました。爆撃の惨劇を思い出すから,生まれ育った本所浅草あたりには決して足を向けないのだと言った方があります。一番生々しかったのは,あの春風が堪えがたい,空襲後の焼け跡を吹き渡り,生涯忘れることの出来ない死臭を運んで吹き付けてきたあの春風が恐ろしいと語ってくれた方のお話しでした。今でもあの風が吹くと,あの死臭がよみがえるのだと。だから春のこの時期、絶対に東陽町あたりに足を向けられないのだと。
 「桜の木の下には」というのは,本当はこういう歴史の積み重ねを言うのでしょう。美しい桜の風情に死と再生を記念するのも良いが,私は,私は今,ニュージーランドのハカのように猛々しく仲間と歌い踊り,勝ち誇る死に向かって,持てる勇気を振り絞って,立ち向かいたいと思います。

お別れの日

 一昨日が学部の卒業式,今日は大学院の修了式でした。アカデミック・ガウンを着て,「威風堂々」の流れる中を並んで壇上に登場するのは恒例とはいえ,気恥ずかしいものです。しかし,修了生の皆さんにとっては,一生に一度の大切なお式です。照れてはいられません。
 常に若い人の息吹に触れられ,みずみずしい知性や感性に刺激を受けられるのが,教師を務めるものの最大の役得だと思いますが,その代わりに,毎年毎年喜々として巣立っていく彼らの背中を見せられ,寂しい思いに耐えねばならない宿命も背負います。
 この効率化やグローバル化の時代,人文社会科学に逆風の荒れ狂うこの時代に,敢えて本研究科に進学し,「そもそも」を問い,「あるべき」を探ろうとした修了生の皆さんのことを,本当に誇りに思います。またその生き方に理解を示したご家族にも敬意を表します。人文社会科学の知見は,より良い社会を模索するために不可欠なものだと信じます。しかし即効性がなく,目に見える形になりにくいので,今のような時代にはまことに評判が悪い。けれどもそこへ志と勇気をもって踏みとどまった修了生の皆さんが,ざわつきまどう社会の中で,羅針盤のような存在になることを願っています。
 修了生の皆さんの存在そのものが,本研究科の存在意義なのですから。
 求められればいつでも補習(!)のお手伝いをいたします。ご連絡をお待ちします。

 さようなら。お元気で。