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Auxilia Grammatica

 ツールとしての語学の必要性が本当に痛感されるのは,大学院へ入ってからです。一次文献をがっちり読みこなすためにも,数ある二次文献にささっと目を通していくためにも。けれども,研究も深まり,論文も書き,発表もこなし,バイトにも精を出して生活も守らねばならないということになって,大学院生は忙しいから,じっくり新しく語学を学ぶ余裕をひねり出すのは難しい。週1~2回の決まったカリキュラムの下で語学の授業に半年でも参加できれば大したものです。
 時間はありませんが,大学院生ともなれば,自分なりの勉強の仕方は出来ているし,新しいことを学ぶモティべーションも高く,その上に何と言っても成熟した知性や広がった教養が支えになるから,実は語学の習得は学部学生の頃よりずっと捗るのです。集中講義とか,少人数のゼミや,反転授業形式で練習問題の解説だけ教師を頼るとか,大学院生向けの「大人の語学学習法」が効果的です。
 こと学術語学に関しては,教える側でカリキュラムを組んで待っていても,忙しく,それぞれの事情を抱える大学院生諸君のためには馴染まないと思います。むしろオンデマンドでその都度時間も授業形式も柔軟に組んでいくのが良いでしょう。そこで「ドイツ語文法再入門」「フランス語文献上級講読」「古典ギリシャ語入門」「ハンガリー語入門」といった語学メニューだけ用意しておいて,大学院生や若手研究者の方から要求があれば直ぐに調整して授業を開始できるようなプログラム「アウクシリア・グラマティカ 学術語学支援プログラム(仮)」を計画しています。既に「フランス語文法再入門」「Max Weber:Wissenschaft als Beruf 講読」など幾つかの授業は昨年度試験的に行いました。自主ゼミに関しては確かな実績がありますし,教員も揃っていますので,始めるのは困難ではありません。大学院生諸君が,気軽に相談に来て,要求を出してくれる雰囲気を作るのが課題です。
 宣伝がまだ足りませんが,気楽に来て下さいね。
 

みずからかえりみて

 馬齢を重ね,責務の大きさに喘ぐばかりだと,仕事を乗り切る助けにと,マキャベリ『君主論』とかカウティリヤ『実利論』とかクラウゼヴィッツ『戦争論』とかに手を出すのと並んで,やれ『韓非子』だ,『孫子』だとにわかに中国哲学の勉強を始めます。若いころは敬して遠ざけていた中国古典思想が無性に魅力的に見えくるから不思議です。
 先日もネット上で,尊敬する論客が取り上げていたので,「千万人と雖も我往かん」という孟子の言葉を思い出しました。吉田松陰が座右の銘としたと聞くこの言葉ですが,肝心なのは前段部分,「みずからかえりみてなおくんば」というところだと習いました。中国古典哲学の多くの名言と同様、本来は権限を持たされた人間が自重するための戒めであろうと思います。
 それにしても漢文の勉強をおろそかにしてきたつけは大きい。「自反而縮 雖千萬人 吾往矣」この原文の前半,「自反而縮」を「みずからかえりみてなおくんば」と読み下せる力は到底ありません。「自分で反り反って縮んだら」などと一瞬,とんでもないイメージが浮かんだほどです。「ば」の前に付く「ん」も長年気になっていたのですが,読下し文専用の特殊な活用変化だとこのたび初めて知った体たらくです。だいたい「縮」に「なおし」という意味があるのが不思議だったのですが,私の手元にある程度の漢和辞典では下の方にさらっと意味が並べてあるだけです。研究室に置きっぱなしの大漢和(祖父の形見)を引く余裕もありません。
 こうして「みずからかえりみる」というのは,本当に手間も気力もかかることだと思います。まして「なおし」と確認することなど。馬齢のおかげでこのくらいのことは分かりましたので,とてもありがたいことだと思っています。
 やはりここは,マルクス・アウレリウス・アントニーヌス『自省録』や,トマス・ア・ケンピス『キリストのまねび』や,ボエティウス『哲学の慰め』のような,諦念と隠棲の世界の方がなじみ深いものです。ええ,みずからかえりみて,確かのそのように思います。

田園交響曲

 梅雨が始まろうという時期になりましたが,今日あたりはまだ,清々しい初夏の晴天で,本当に「風光る」一日でありました。子供の頃から大好きなベートーベンの「田園交響曲」が,こんな日には自然に頭の中に流れてきます。
 この交響曲のことを,ベートーベン自身が "Sinfonia pastorella" とか,"Pastoral-Sinfonie oder Erinnerungen an das Landleben“ と呼んだのだそうで,この曲は正しく "Pastorale" と呼ばれるべきだとは思いますが,この概念の和訳が結構難しいのではないかと,余計なことが気になってきます。ベートーベンがもし,同時代の表面的な自然描写音楽を嫌い,「自然」を強い生命力や,深い内面性で捉えようとしたのなら,単なる「田舎暮らしの思い出」の曲であろうはずはないでしょう。これはヨーロッパ文学史に長い伝統を持つ「牧歌」との係りで味わうべき音楽かと思います。
 クルツィウスが『ヨーロッパ文学とラテン的中世』の中で,ローマの詩人ウェルギリウスの牧歌,特にその第一歌の重要性を強調し,この作品を常に念頭に置かない者は,ヨーロッパ文学を真に理解し得ないと言い切っています。ローマ共和制末期のいわゆる「革命の一世紀」の政治的・軍事的動乱に翻弄される農民たちの悲哀を描いた、あの重厚な対話詩を。たとえばゲーテが「牧歌」を試みた『ヘルマンとドロテーア』の冒頭にも,戦争の惨禍と農村生活の対比が描かれています。そうするとやはり、ベートーベンの「田園交響曲」も一篇の牧歌として,嵐を描く第4楽章から,取り戻された平和を描く第5楽章に中心のテーマがあると聞き取るべきでしょうか。
 しかしさらに気になることがあります。もちろんノーベル賞作家アンドレ・ジード (André Gide 1869-1951) の『田園交響楽』"La Symphonie pastorale“ (1919) のことです。中学生の頃に何も知らずに,ベートーベンの「田園交響曲」のような清冽な物語を期待して手に取り,道に迷った聖職者の愛憎どろどろの悲劇を読まされ,大いに失望した記憶があります。この "pastorale" は、単なる「田園」でないことはもちろんですが,「牧歌」でもない。これは「司牧の」という意味にかけているに違いありません。信仰の迷いを「司牧の交響楽」と呼んだというわけです!これをシンフォニーとはすさまじい。
 とはいえ,テオクリトスやウェルギリウスに始まる牧歌の歴史が,中世になってあんまり品の良くない「恋愛詩」に変わっていったのも事実です。知っている人も多いでしょうが,中世ドイツの詩人ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデの例の「タンダラデイ」は,あれでたいそうきれいにまとめられた部類の中世的「牧歌」です。ジードはだから,壮大なスケールで「牧歌」の歴史をたどり,第一次大戦直後におけるその「現代的意味」を問うているのでしょう。
 「牧歌」の歴史にみられるように,自然の中で暮らす人々は,何度も何度も嵐に襲われ,踏みにじられ,何とか平和を取り戻し,敬虔な感謝の祈りを捧げます。まるで自然の営みとは,この繰り返しそのものであるかのように。そうなると,また「田園交響曲」の見方が変わってきます。
 「嵐」の傷や痛みをなお忘れられない身でありながら,それでも「田舎に到着すると気持ちが高揚する」"Erwachen heiterer Empfindungen bei der Ankunft auf dem Lande" ことを描いた第1楽章こそ,あの魅力の尽きない2拍子4小節のテーマこそ,やはりベートーベン流の「牧歌」としての,「田園交響曲」の本質であったのかという気もしてくるのです。

田園交響曲 追記

 戦争を描こうとした音楽や,広い意味で戦争に使われた音楽は昔からたくさんありますが,戦争を悲しみ,悼み,憎んだ音楽,いわゆる「反戦思想」をテーマにした最初の音楽は,イギリスの作曲家ヴォーン=ウィリアムズ (Ralph Vaughan Williams, 1872-1958)の第3交響曲「田園交響曲」 "A Pastoral Symphony" (1922) だといわれています。ヴォーン=ウィリアムズ自身が第一次世界大戦に従軍し,悲惨な戦争体験をしましたが,その経験を元に,この交響曲を作ったのだそうです。戦争によって傷つけられた大地と自然が悲しみの歌を歌う,今ならさしずめアニメ映画になりそうなコンセプトで作られていて,イギリス民謡風の美しい抒情的なメロディーが全編を覆います。最初聞いた時にびっくりしたのですが,曲の中ほどでトランペットが朗々と「音を外す」のは,楽譜にそう指定されていて,作曲者の意図なのだそうで,下手くそだった戦友のラッパ卒の思い出なのだということです。
 アウシュビッツ以降抒情詩を歌うのは野蛮だとアドルノが言ったそうですが,私は考え方が甘いのではないかと思います。一次大戦以降,アウシュビッツにつながる悲惨に怯えながら絞り出されたものでない抒情詩などなかったのではないか。田園交響曲とは,再生を求めて田園が嘆き悲しみ,しかしそれでも,あえかな希望を見出すための音楽になったのではないかと思います。

大学院説明会

 私どもの大学院前期課程の説明会を開催いたします。
 7/13(水)17時~18時半に社会科学系の,7/14(木)17時~18時半に人文科学系の説明会を行います。
 大学院進学に関心のある学部学生の皆さん,また本学大学院での学位取得に関心のある皆さま,どうぞお越しください。事前申し込みは必要ありません。(後期課程の進学相談にも応じますので,この機会においでください)

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cの話

 うちの研究室の院生がやっと神輿をあげ,欧文で履歴書を書き始めました。cvって何ですかとか,今更ながらの質問をどっさり投げかけてきます(因みにこれは curriculum vitae です)。「もう教えました」「前に話しました」を何回も繰り返しているうちに,だんだん乗せられてきて,教師も学生も目先の仕事はそっちのけで,文字の歴史談議にうつつを抜かします。
 ドイツ語が軟口蓋破裂音 [k] のためにアルファベットの k を用い,c を避けるのは(英:october; 独:Oktober),アルファベットの歴史からして c の音価が不安定で,k の方が安定しているからです。なんでこんな話になったかというと,curriculum vitae の綴りが,k ではなく,c だといらぬ注意を入れてしまったからです。

 ギリシャ文字の最初の3つがΑ(アルファ)Β(ベータ)Γ(ガンマ),ヘブライ文字の最初の3つがℵ(アレフ)ב(ベート)ג(ギーメル),キリル文字の場合は,2つめの音が [b] と [v] に分かれたため1つ文字を増やしたのでА(アー)Б(ベー)В(ヴェー)Г(ゲー)―――つまり,アラビア半島から地中海にかけて用いられるこのアルファベット文字体系の3番目には、もともと [g] の音価を持つ文字がくるのです。ラテン・アルファベットの第3番目のC という形は Γ(ガンマ)を左に45度回転させた「くの字」から来ていて,本来は他の文字体系とおなじく [g] の音価を持っていました。(個人名の Gaius の略号が C. ,Gnaeus の略号が Cn. だったあたりに,その名残があると,どのラテン語の初級文法にも,最初の「文字と発音」の章に書いてあるはずです)
 ローマ人より先にギリシャ文字を受容した民族が(エトルリア人だかオスク人だかウンブリア人だか)が有声子音と無声子音を区別しなかったので C が [g] と [k] の両方の音価を表すことになり,もともと [k] を表していた K(カッパ)はほとんど使われなくなってしまいました。(ラテン語に K の用例が殆どない,ギリシャ語からの借用語や地名のほかは kalendae くらいだ,という話も,どの初級文法でも最初に書いてあります)
 ところがラテン語は [k] と [g] の区別が必要なので,[g] を表すために C にちょこっと加工してわざわざ後から G という文字を作り出したという次第です。Kをまた使えば良いじゃないかと思いますが,そこが言語史の面白いところで,それまでの経過を大切にし,不合理でも使い慣れちゃったものを活かすほうが現実的という判断で変化していくのです。まあ、改組などと同じですよ。よく分かるじゃないですか。
 え,分かりませーん,じゃないです,これからの若手研究者は大学行政についてもよく理解していなくてはなりません。優秀な先輩諸氏を見ていればわかるじゃないですか。あなたが大変お世話になってる××さんとか○○さんとか。
 いや違う,文字の話だった。だから K はあまり使われなくなったので,かえって音価が安定したのに対して,C の方はラテン語以降,軟口蓋音と硬口蓋音の分離に対応したりで、どんどん話がややこしくなって,各国語でばらばらな使い方をされるようになります。
 vitae の発音は「ヴィタエ」か,「ウィタエ」かって?私は日本で西洋古典学を学んだ人間ですからね,復元音で「ウィタエ」ととなえる癖がついてますけどね。ドイツ語なら「ヴィタエ」が「ヴィテ」でしょうねえ。
 V/U/W の話も散々しましたよ。I/J とワンセットで。え?ああ,そうか,Π/Ρ/R の話はまだどこでもしてないかもしれない。それじゃあ,順に片づけましょう。これはですねーーー
 

ぽっちゃりソルジャー

 遅くなったけどと,娘からもらった誕生日プレゼント。後ろ手に隠し持っているのはポテトチップスだそうです。このシリーズは全部6種類あるんだそうですが,全部そろえてやろうか知らん。これでもこの一月ほどは,お菓子を控えているんですが,中々効果が現れません!

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