So-net無料ブログ作成
検索選択

一足早くお別れの記念品

 留学の関係で半年ずれ,この秋に修了した学生さんが,いよいよ職場の近くに引っ越すというので,お別れの記念品をくれました。どうもありがとう。さびしくなります。

IMG_0107.JPG

 ソーラー電池で魚を持った手を嬉しそうにゆさゆさ動かすのですが,動画だと重すぎてここにアップできません。いや,ぜひお見せしたかった。

―――と思って一晩頑張ったら,何とか gif アニメでご紹介できることになりました。今もこんな調でデスクの横で動いています。今も,これからもずっと。

rinaineco.gif

『ちょっと辛口』

 近年,ジェルメヌ・タイユフェル Germaine Tailleferre (1892-1983) の作品録音が手に入り易くなり,新古典主義の音楽をこよなく愛する私としては大変うれしく思っています。「フランス六人組」の中でも特にタイユフェルの作品は触れるチャンスが少なかったものです。実際伝記的なこともよく知りませんでした。
 先駆的な名著のエヴァ・リーガー(石井栄子・香川檀・秦由美子訳)『音楽史の中の女たち なぜ女流作曲家は生まれなかったのか』(1985 思索社)も,どちらかと言えばドイツ音楽が中心で,アルマ・マーラー Alma Maria Mahler-Werfel (1879–1964)あたりが下限でした。今回読み返してみたら,ナディア・ブーランジェ Nadia Boulanger (1887–1979) の名前が出ていて,パリに留学中に,高名な教師だったブーランジェに師事しようかどうか迷ったというアメリカの作曲家アーロン・コープランド Aaron Copland (1900-1990) の回想が紹介されていました。女性に和声学を習おうなんて考えは,当時「革命的過ぎた」というのです。
 小林緑編著『女性作曲家列伝』(1999 平凡社)や,タイユフェルの自伝『ちょっと辛口』(ジェルメーヌ・タイユフェール,フレデリック・ロベール著,小林緑訳,2002 春秋社)を併せて読むと,タイユフェルの作品が本当に胸に迫ります。強圧的・暴力的であった父に反発して育ちながら,同じような男性を伴侶に選んで破たんする結婚。出自にも経済的にも才能にも恵まれた「フランス六人組」の「やんちゃ坊主」たちに囲まれた「紅一点」の孤独。若いころの作品の瑞々しさや力強さが広がり切らず、小さくまとまろうとする自分へのいら立ち。自己評価が低く,万事控えめになる性根の悲しさ。
 これぞ世界の調和の神髄である,私が神に代って歌い上げて見せると,大仕掛けのシンフォニーを轟かせたり,完璧な作りの繊細な細工物のような室内楽を取り出したりするのも確かに近代音楽の喜びや感動ではありますが,本当はほかのどのような表現手段でもカバーできない,世界と相いれない孤独な心の悲しみと吐息と,そしてなお尽きぬ世界への愛情とを,ある意味で不器用にそっと奏でることこそが,そのための新しい形を探り続けることこそが,オリジナリティと個性を絶対の価値と仰ぐ近代芸術の一つである近代音楽にとって,その本領を発揮すべきところではないかと思うのです。
 つまりは良質な「私小説」のようなものだ,と言わせていただきたいのですが,いかがでしょう。今までの音楽史はドイツ人のフィクションだ,という暴論も,ある意味で当たっていると思うのですが,こういう狭いナショナリズム的表現はやめてほしいですね。
 何をなすべきか一番わかっているのも自分であり,ガラスの天井がどこにあるのか身をもって知り尽くしているのも自分であり,何がまだできるかを知っているのも自分であり,しかも何度目かに力尽き,震えてしゃがみこんだジェルメーヌやナディアたちに向かって,どんな言葉がかけられましょう。世界中から「文系」の学問が呪われ,「文系」の学問を目指してきた女子学生たちが呪われ,百年前の恐怖と惨禍が再び力を得て哄笑するこの時代に。ジェルメーヌがかすかに口ずさんだ歌の一節,それ以上のことなど私にはできません。「科長」などと名乗って,一番肝心な仕事ができません。 La rue chagrin...

夕日.jpg

共に西窓の燭を剪って

 高校の時の若い漢文の先生が,補充プリントで李商隠の「夜雨 北に寄す」を教えてくれ,ひそかにとても感激したので,以来この詩人のファンです。ろくに漢詩は読まないのですが,この詩人の作を集めた岩波の中國詩人選集第15巻は(まだハードカバーで,箱入りのやつですよ!)ボロボロになっています。この巻を担当した高橋和己の訳注にまた魅了されてしまいます。背伸びして読んでいますが,この詩人の衒学的な作風は難解で,大量の注を頼りにやっと楽しんでいます。
 「此の情,追憶を成すを待つ可けんや。只だ是れ,当時,已に惘然」とか,「愁いは到らん,天と地の翻り,相看るも相識らざるまでに」とか,「春の心,花と共に発くを争うこと莫れ。一寸の相思,一寸の灰」とか,「碧海,青天,夜夜の心」とか食い散らかしては,キャンデーのようになめて喜んできたのです。

  君は帰期を問うも未だ期有らず
  巴山の夜雨 秋池に漲る
  何か当に共に西窓に燭を剪って
  却しも話すべき 巴山夜雨の時を

 
いつお帰りになりますの,そうたずねる手紙があなたから来た。しかしまだいつ帰れるとも期限の見込みは立たない。いま私は巴山の麓の片田舎の旅館にいるが,秋の長雨が夜にも降り続け,前の池に水が漲っている。いつになったら,夫婦ともども,西向きの居間の窓に対座し,蝋燭の芯をはさみで剪りながら夜おそくまで話し合うことができるだろうか。若しそうなればその時のこそ,巴山に降りそそぐこの雨の音を聞きながら,私が何を思っていたかを話してあげよう。


 長雨に漲る池のように心に溢れる愁い。片田舎に追われて一人わびしく持て余す夜の思い。その暗い静かな情熱の上に降りかかり,芯まで冷やしていく雨。――今また何回目かに高橋和己の和訳を読み返しましたが,最後の一行はやはり秀抜な訳であると思います。

 ろくに援助もできなかった学生の皆さん。あなた方にもいつか,夜の長雨に振り込められたこの時の気持ちを,話せる時が来ますように。

花井拳骨先生と李白の『横江詞』

 大阪下町を舞台にした人情喜劇マンガ,はるき悦巳『じゃりン子チエ』(1978-1997)の双葉社アクションコミックス版(現在絶版)の第4巻第6話に,主人公チエの父親テツの小学校の恩師花井拳骨先生が,『李白研究』という著書で「毎朝出版文化賞」を授賞し,母校の京都の大学から記念講演に招かれ,チエとテツを伴って出かけるエピソードがあります。
 遊び人で乱暴者の(それなのに不思議に人気者の)父親テツを初め,周囲の頼りない大人達を叱咤しながら,1人でホルモン焼き屋を切り盛りし,明るくたくましく生きる小学生の少女竹本チエを主人公にしたこのマンガは,大阪下町(西成区周辺)の風俗と人情をよく捉えていて,今日でも根強い人気を保っているようです。
 学生時代に研究者として将来を嘱望されていた花井拳骨先生は,指導教授から業績を盗用され,教授と衝突してアカデミーを離れ,小学校の教師をしながら在野でこつこつと独自に研究を進め,今回の栄誉となったわけです。
 講演の初めに花井拳骨先生はこう語ります。

 「えー,私が,李白に特別の関心を寄せるようになったのは,『横江詞 六首』の其の五,
     『横江館前 津吏迎へ
     余に向かって 東に指さす 海雲の生ずるを
     郎 今渡らんと欲するは 何事かに縁る
     此の如き風波 行く可からず』
 という詩を読んだときからです。」

 「そして,今日まで,私に最も関わりの持ってきた詞が,『月下獨酌 四首』,其の二の,この部分,
     『天 若し酒を愛せずんば
     酒星は天に在らじ
     地 若し酒を愛せずんば
     地に應に酒泉無かるべし
     天地 既に酒を愛せば
     酒を愛するは天に愧ぢず』
 というところだと思います。」

 私は代々酒の飲めない家系に生まれたので,若い頃から,お前には漢詩は分かるまい,ルバイヤートは分かるまいと言われてきました。実際その通りで,特にこの名高い「月下獨酌」などは,私の理解が及ばない世界の最たるものであります。内に鬱勃たる野心を秘めながらも,志を得ずして野に隠逸し,酒を友に憂さを晴らすという,如何にも「漢詩的」な花井拳骨先生の精神世界も,私にはとても手が届きません。
 けれども,玄宗皇帝の宮廷を追われ,家族と離れて漫遊している最中に,安禄山の乱が勃発したことを聞き,まずは家族と合流して安全な場所に移し,自分は乱の鎮圧軍に馳せ参じようとして,安徽省横江から船に乗ろうとしたところが,最初の一歩から荒天に阻まれる様子を歌った『横江詞』ならば,分かるような気がします。―――この詞について御覧の通り,『じゃりン子チエ』の中にも一切説明はなく,私が直ぐ手に取れるような『李白詩集』やら『中国名詩集』などには採り上げられておらず,背景や解釈を調べるのにその後苦労したものです。
 弱虫で臆病で無力のくせに,私は子供の頃から強く冷たい風に吹き付けられるのが大好きで,眼前に暗い雲がもくもくと立ちはだかる風景が大好きでした。出来るならばそのような荒天に向かって船出し,滅びるなら滅びても良いと心躍らせた花井拳骨先生の気持ちなら,その青雲の志なら,及ばずながら私にも分かります。アカデミーに向かうというのは,私の時代でもそのような決意の必要なものでしたから。今の時代はもっとひどい天気になりました。
 後輩達に何の力にもなれなかったが,みんなどのような「横江」に立ち往生し,それでも不敵に笑って漕ぎ出したのか。挨拶も交わせなかったが。

 どの巻か忘れましたが,この直ぐあと,花井拳骨先生が書斎の山積みの本の整理をするのに,テツに手伝わせるエピソードがあります。こんなに沢山の小難しい本ばっかり,本当に分かってるのか,とテツが毒づきます。さっぱり分からん,と先生は答えます。やっぱり,とテツは気楽に馬鹿にします。しかし不思議だなあ,と先生はしみじみ言います,昔はこれが全て分かったようなきがしたけどなあ。勘違いしてたんじゃないのか,とテツが言います。そうかも知れんなあ,と先生は笑います。――こんな話の出来る相手を得られて,先生は幸せ者だと思います。

久しく待ちにし

 ぼやぼやしていたら,もうアドヴェントの3週目が終わろうとしています。仕事は山ほどあるのに,バタバタするばかりで一つも片付きません。こんなことでは新年度が迎えられません!
 クリスマスの聖歌はどれも美しく,大好きなものばかりですが,アドヴェントと言えばもう,これです。本当にこの有様では,主よ疾く来たりて救わせたまえ,という気持ちで一杯です!

讃美歌94番


久しく待ちにし 主よ、とく来たりて,
み民のなわめを 解き放ちたまえ。
主よ,主よ,み民を 救わせたまえや。


あしたの星なる 主よ,とく来たりて,
お暗(ぐら)き この世に み光をたまえ。
主よ,主よ,み民を 救わせたまえや。


ダビデの裔(すえ)なる 主よ,とく来たりて,
平和の花咲く 国をたてたまえ。
主よ,主よ,み民を 救わせたまえや。


ちからの君なる 主よ,とく来たりて,
輝くみくらに とわに即(つ)き給え。
主よ,主よ,み民を 救わせたまえや。


 けれども教え子たちは,忙しがるばかりで無能で無力な私が心配などせずとも,しっかり皆様に愛され,助けてもらいながら,無事に進んでいるようです。そうです,そうですよね,そうでなければ!
 本当はこの「久しく待ちにし」は,原文ではもっと前向きな(?)調子なのです。旧約聖書イザヤ書7, 13-14 を踏まえ,救いの主,慰めの主,喜びの源はもう来られたから,喜べ,という歌です。
 人文社会科学の現状も未来も惨憺たるもので,どこにも希望はないようにすら見えますが,本当はもうどこかに解放の兆しが生まれているのだと信じましょう。さんざんに負の遺産しか押し付けてこなかった若い人々が,それでも,表向き「戦犯」の一味と言われても仕方ない私などを恨むでなく,罰当たりな罵倒をするでなく,自立して健気に生きて進んでいく様子を見ると,未来はここに生まれている,主はここにおられると,そう信じて,支援する以外に私などの生きる価値はないようにも思えます。


"Veni, veni Emmanuel"

1.
Veni, veni Emmanuel;
Captivum solve Israel,
Qui gemit in exilio,
Privatus Dei Filio.
Gaude! Gaude! Emmanuel,
Nascetur pro te, Israel!

来たれ来たれ,イマヌエル,
囚われのイスラエルを解き放ち給え,
捕囚に苦しむイスラエルを,
神の御子を奪われて。
喜べ,喜べ! イマヌエルが,
あなたのために生まれ給うた,イスラエルよ!

2.
Veni, O Jesse virgula,
ex hostis tuos ungula,
de spectu tuos tartari
educ et antro barathri.
Gaude! Gaude! Emmanuel,
Nascetur pro te, Israel!

来たれ,エッサイの若枝よ,
汝の民を,敵の鈎爪から,
地獄の眼差しから,
冥界の淵から逃れさせ給え。
喜べ,喜べ! イマヌエルが,
あなたのために生まれ給うた,イスラエルよ!

3.
Veni, veni, O Oriens;
Solare nos adveniens,
Noctis depelle nebulas,
Dirasque noctis tenebras.
Gaude! Gaude! Emmanuel,
Nascetur pro te, Israel!

来たれ来たれ,夜明けの君よ,
我らが慰めとなる方よ,
夜の霧をしりぞけ,
夜の闇を取り払い給え。
喜べ,喜べ! インマヌエルが,
あなたのために生まれ給うた,イスラエルよ!

4.
Veni, Clavis Davidica!
Regna reclude caelica;
Fac iter tutum superum,
Et claude vias inferum.
Gaude! Gaude! Emmanuel,
Nascetur pro te, Israel!

来たれ,ダビデの鍵よ!
天の王国を開き給え,
天に向かう我らの旅路を安らかにし,
冥府への道を閉ざし給え。
喜べ,喜べ! イマヌエルが,
あなたのために生まれ給うた,イスラエルよ!

5.
Veni, veni Adonai!
Qui populo in Sinai,
Legem dedisti vertice,
In maiestate gloriae.
Gaude! Gaude! Emmanuel,
Nascetur pro te, Israel!
Amen.

来たれ来たれ,アドナイよ!
シナイの民に
天上から掟を授けた方よ,
栄光と尊厳の中で。
喜べ,喜べ! イマヌエルが,
あなたのために生まれ給うた,イスラエルよ!

アーメン。

 コダーイが編曲した美しい混声三部合唱版で聞きましょう。それにしても,イギリス人でもドイツ人でもフランス人でもなく,ハンガリー人がこの聖歌の編曲の決定版を作ったのは興味深いことです。

IMG_0115.JPG



廃墟を作り平和と呼ぶ

 「ローマ人は廃墟を作り、そこを平和と呼ぶ」――タキトゥスのこの有名な言葉は,小品『アグリコラ』の第30章に出てきます。紀元1世紀中頃から2世紀にかけ,晩期のローマ帝国の政治家・歴史家であったタキトゥスが,尊敬して已まぬ岳父アグリコラの死に際し,その業績を称える評伝をまとめました。ブリタニア総督として原住民の反乱を鎮圧し,帝国に大きな功績を為したアグリコラの,軍務にあって勇猛果敢,政治に対するに精励精勤,生活において清廉勤勉な生き方を,後輩子孫の道徳的手本として書き残したのです。
 では,この激しい「帝国批判」の文言はどういう文脈で出てくるのか。
 これは反乱の首魁カルガクスなる人物の行ったものとされる,長い扇動演説の中に出てくるのです。
 「~ものとされる」というややこしい書き方をしたのは,歴史叙述の常識が現在と違っていて,歴史的事件の節目節目に背景や当事者の精神状態などを示すために,誰かの長い「演説」を用いる習慣があったからです。一兵士の演説などという場合もあり,しかもそれが文体上高い教養を示しているので,史料として信が置けないとされるのは当然なのですが,ローマの有力者の演説もあり,こちらは恐らくかなり確実な史料に基づいていることが推定されるので,一概に信憑性を否定することも出来ない。
 とまあ,そのような歴史認識や叙述の霧の向こうではありますが,カルガクスは激しく明確な言葉を発します。

     Auferre trucidare rapere falsis nominibus imperium, atque ubi solitudinem faciunt, pacem appellant. (Tacitus:Agricola, 30)
     ローマ人たちは破壊と殺戮と略奪を偽りの名称をもって支配と呼び,廃墟を作ってそこを平和と呼ぶ。

     Britannia servitutem suam cotidie emit, cotidie pascit. (Tacitus:Agricola,31)
     ブリタニアは自らの奴隷状態を毎日買い求め,毎日を暮らしているのだ。

 大国主義・侵略思想に対する今日でも通用する批判です。 これらタキトゥスの思想的・道徳的批判の鋭さ,力強さ,美しさは比類がありません。
 よく授業で紹介するのは,やはりブリタニアで反乱を指導した悲劇の女王ボウディッカの演説です。

 Boudicca curru filias prae se vehens, ut quamque nationem accesserat, solitum quidem Britannis feminarum ductu bellare testabatur, sed tunc non ut tantis maioribus ortam regnum et opes, verum ut unam e vulgo libertatem amissam, confectum verberibus corpus, contrectatam filiarum pudicitiam ulcisci. eo provectas Romanorum cupidines ut non corpora, ne senectam quidem aut virginitatem impollutam relinquant. adesse tamen deos iustae vindictae: cecidisse legionem quae proelium ausa sit; ceteros castris occultari aut fugam circumspicere. ne strepitum quidem et clamorem tot milium, nedum impetus et manus perlaturos: si copias armatorum, si causas belli secum expenderent, vincendum illa acie vel cadendum esse. id mulieri destinatum: viverent viri et servirent.

 
ボウディッカは,自分の前に娘らを乗せて車を駆り,蕃族の一人一人に近寄ってはこう訴えたものである。「ブリタンニア人は,昔からよく女の指揮の下に戦争をしてきた。しかしいまは,偉大な王家の子孫として,私の王家と富のために戦うのではない。人民の一人として,奪われた自由と,鞭で打たれた体と,凌辱された娘の貞操のため,復讐するのである。ローマ人の情欲は,もう私らの体はおろか,年寄の女や処女までも,一人のこらず辱めずにはおかないまでに烈しくなった。しかし神々は私らの正義の復讐を加護している。それが証拠に,敢えて戦いを挑んだローマの軍団兵は全滅した。生き残りは,陣営に隠れているか,退却の機会をねらっているか,どちらかだ。味方の莫大な兵の騒音と鬨にすら立ち向かう気力もあるまい。われらの攻撃と武器に対してはなおさらのことだ。もし武装者の数を比較するなら,戦争の原因を考えるなら,この戦いにどうしても勝たねばならない。でなかったら死ぬべきである。これが一人の女としての決心である。男らは生き残って奴隷となろうと,勝手である。」(Tacitus: Annales, xiv 35. 國原吉之助訳)

 この胸のすくような台詞。これらなみなイギリス古代史の重要な資料であり,民族独立の英雄ボウディッカは今日でもイギリスで敬愛されていると聞いています。
 しかしタキトゥスの文体は難解至極で,私など今でも直ぐには意味が取れません。肝心な事実は極限まで省略した言葉でさらりと流す一方で,底知れない悪意に満ちた邪推や噂話を,何とも巧妙に責任逃れをしながらほのめかしていきます。
 尊敬するアウエルバハは,タキトゥスの文体を採り上げて詳細に分析し,下層階級の苦難に同情し,下からの改革に共感するかに見えるような文言ほど信用できないものはないと断言します。どれだけ蕃族の反乱指導者の演説が美しく,説得力があっても,タキトゥスにはそれに対する共感の片鱗もなく,帝国の安寧と発展以外に何の興味もないのだと。ローマ支配層の道徳的堕落こそが帝国を危機に陥れるのであり,蛮族においてすら見受けられる道義性を,恥を知るならローマ人も見習え,というのが主旨らしい。『ゲルマニア』にも女性が政治的・軍事的指導権を持つという記載がありますが,ローマ人にとってそのようなことは狂気の沙汰であり,髪にバターを塗ったり顔に刺青をしたりするのと同様,蛮族らしい嗤うべき珍奇な習慣の1つに過ぎないと嘲笑の対象にしていたというのです。
 若い頃アウエルバハやノルデンの記念碑的研究でこれらの学説を学んだ時,文献学研究の奥深さと力を体感すると同時に,甘い生来の気質からして,深く落胆したのでした。

 けれども,今再び思うのであります。なぜタキトゥスは,自らが必死で守ろうとする帝国に反旗を翻す蛮族の持つ道義的信念に,かくも美しく力強い,今の私たちからしても真実の言葉を書いたのか。過剰に説得力のある帝国批判はどこから来たのか。アウグストゥス以来,慰撫と融和と平和こそが帝国の繁栄の礎であり,「廃墟の平和」は帝国の基盤を掘り崩すものであることをタキトゥスはよく弁えていたのだと思います。帝国の管理運営にあずかる者として,最悪手だと分かっていながら武力や強権に訴えざるを得ない状況に追い込まれた無念はひとしおではなかったか。
 ただタキトゥスは,「巻き込まれた」だの「被害者はこっちだ」だの「仕方なかった」だの,卑しい言い訳をするにはまともな自尊心がありすぎたということではないかと思います。
 帝国は滅びました。後を追った蛮族の国も,似たような間違いを犯しては,入れ替わっていきます。今に続いてます。ただしこの時,蛮族の反乱以上にタキトゥスが嘲笑して見せた東方の新興宗教(Tacitus:Annales, xv 44)が,やがて別の価値観の世界を実現していきます。それが例えば「国教」になったりして本来の意味を見失うことがあっても,本来の意義は変わりません。強い者は弱い者に何をしても良い,それでこそ世界は成り立ち,回っていく,という考えが間違いであると,弱い者・虐げられた者の側に神はいるのだと,初めて宣言されたのです。タキトゥスが恐れたことが実現します。
 絶望し,肩を落とすタキトゥスの前で,傷だらけで,ボロボロの衣服をまとった人々が,廃墟から次々に立ち現れ,真の平和と繁栄を築いていくのです。どんな悲惨な状況の前でも,そのことに対する信頼と希望を確認するのが,クリスマスの意義でしょう。

 地には善意の人に平和あれ。 

お正月飾り

 少々気が早かったかも知れませんが,ささやかにお正月用の飾り付けをしました。

IMG_0121.JPG

IMG_0122.JPG

『てつがくのライオン』

 絵本とか児童文学とか,誰しも思い入れの深い作品の1つや2つ必ずあるものですが,何をやっちゃ行けないといって,自分の子供が「これが良い」「これが読みたい」と言って目を輝かせて持ってきた本を「そんなのつまらないわよ」「そんなの止めなさいよ」頭ごなしに否定して,自分の好みを押しつけることだそうですね。こういう経験をした途端に子供の目が死に,この面での親の信頼は消滅し,いともたやすく読書嫌いの人間を育てることが出来るそうです。子供にも個性も人格も好みも当然あり,「やっぱりつまらなかった」という失敗の経験ですら自分の好きなようにしてみたいだろうし,背伸びをして何かの本に取り組んだ経験には必ず利するところがあるものです。それに親としても反省すべきで,自分が子供の頃にはなかった新作に素晴らしいものは沢山あるし,古典作品でも子供の頃に触れる機会がなかった名作の良さを改めて発見するのも喜ばしいものです。
 しかしこういう楽しい読書経験も,意外に子供と一緒に,というのは難しいようです。大人が好むものと,子供が好きなものがあまり一致ないものだという感慨を持たれた方はありませんか。五味太郎や佐々木マキの作品など私は今でも好きですが,私の子供たちにはあまり受けませんでした。うちの場合,『ぐりとぐら』のシリーズ,『しろくまちゃん』のシリーズ,加古里子の諸作品,アランジアロンゾなどは,字を覚える前から大好きで,ボロボロになるまで読んでいました。加古里子の『だるまちゃんとてんぐちゃん』なんて,今の子に通用するものだろうかと半ば諦めていましたが(「だるま」と「てんぐ」ですよ!?),これがもう大好きで。
 あまり子供の気に入らず,親が好きだった本に,工藤直子の詩集があります。特に『てつがくのライオン』が好きです。いえ,親の私が。

 ライオン
 
 雲を見ながらライオンが
 女房にいった
 そろそろ めしにしようか
 ライオンと女房は
 連れだってでかけ
 しみじみと縞馬を喰べた

 以来私は,「しみじみ」という言葉を目にしたり耳にしたりすると必ずこの詩の情景が浮かびます。自然の美しさ理解しながら,食物連鎖の頂点に立たされた生物の悲哀を雄々しく体現するライオンの姿が浮かびます。どことなくけだるくもの悲しく,何か諦念の香りがするライオンの眼差しにこそ,「しみじみ」という言葉は相応しいように思えます。
 こうして自然に生きてあることの尊厳,美しさ、崇高さ,そうして愛おしさと可笑しさが,ライオンをはじめ様々な動物に託され詩になっていきます。特にライオンがお気に入りのようです。こんなライオンが,「てつがく」をするのです。ちょっと長い散文詩なので,残念ですがここに全文引用するのは止めておきます。
 さらりと読むと,ただの軽い皮肉な冗談のような気がします。やがて,夕陽や雲や,たたずむ生き物の姿が胸に染みるような体験を重ねると,「てつがく」というのは,生きてあること,存在することそのものの価値を後から,外側からなぞっていくことなのだなと,「しみじみ」気づける作品ですよ。
 トラになって重苦しく「てつがく」を知るのも大事ですし,毒虫になって辛い生の本質を知るのも良いですが,ライオンでおおらかに人生を考えるのも悪くないと思います。――子供たちにはまだ無理かな。

メタモルフォセス

 前回は,最後に思わず変身の話になってしまったので,オウィディウスの『変身物語 metamorphoses』のことも書きたくなりました。
 ヨーロッパ文学を考える上で,ウェルギリウスとホラティウスとオウィディウスの重要性は誰しも知るところですが,特に恋愛文学におけるオウィディウスの影響力の大きさは計り知れないものがあります。研究者としての出発点がミンネザングであったため,この点は早くからたたき込まれた気がします。
 しかし『恋さまざま amores』を初めとするオウィディウスの恋愛抒情詩に若い頃熱狂した身ですが(今担当しているような授業の教材には残念ながらとても使えませんが),この『変身物語』の方は正直余り好きではありませんでした。皇帝におもねる文言の多さも気に入りません。
 ようやく最近になって,変身の重要性も理解し,巧みな語り口で織りなされた250からの物語の面白さも分かるようになり,『アエネーイス』に対抗したこの作品の奥深さも味わえるようになりました。

ところで,わたしは,いわば大海に乗り出して,いっぱいにふくらんだ帆を風に向けているようなものだ。だから,語りつづけねばなるまい。この全世界に,恒常なものはないのだ。万物は流転し,万象は,移り変わるようにできている。『時』さえも,たえず動きながら過ぎてゆく。それは,河の流れと同じだ。河も,あわただしい時間も,とどまることはできぬ。波は,波に追いたてられる。同じ波が,押しやられながら進みつつ,先行する波を押しやるように,時間も,追われながら,同時に追ってゆく。こうして,それは,つねに新しい。以前にあったものは捨て去られ,いまだなかったものがあらわれるからだ。そして,この運動の全体が,あらためてくり返される。(中村善也訳)


     Et quoniam magno feror aequore plenaque ventis
     vela dedi: nihil est toto, quod perstet, in orbe.
     Cuncta fluunt, omnisque vagans formatur imago;
     ipsa quoque adsiduo labuntur tempora motu,
     non secus ac flumen, neque enim consistere flumen
     nec levis hora potest, sed ut unda impellitur unda
     urgeturque eadem veniente urgetque priorem,
     tempora sic fugiunt pariter pariterque sequuntur
     et nova sunt semper; nam quod fuit ante, relictum est,
     fitque quod haud fuerat, momentaque cuncta novantur.
     (XV 176ff.)

 万物が流転し,常に新しいものたるべき運命を担っていることの栄光と不安,2つながらに我にありと――まあこれだけ無窮の改組とイノベーションにあたふたした身ですので,口幅ったいながら言わせて頂けますか。
 けれども学問自体が実際は,常に新しくあるべき運命の最先端にあるべきものであります。そのための確かな俯瞰図と羅針盤を与えてくれるからこそ,古典の重要性と,人文的知の不可欠さを訴えています。

 でも,本当に昔から私が惹かれていたのは,セメレのエピソードでした。
 人間の身で何人目かのゼウスの恋人となり,ゼウスの妻ユノーに憎まれ,陥れられます。神々の真の姿は人間には直接見られないものなので,ゼウスも変身してセメレと愛し合うし,ユノーも変身してセメレを騙しに来ます。本当にあなたの恋の相手がゼウスなのか,真の姿を見せて貰いなさい,そうけしかけます。愚かなセメレは,ゼウスに無理を言い,ついに真の姿をまのあたりにし,その刹那,人間には到底堪えることの出来ない雷光に焼き尽くされ,滅びます。
 万物は流転し,更新され,変身します。無限の変身こそが世界の真の姿です。しかしその真の姿を一瞬でも垣間見た者は,人間には強すぎる真理の力のせいで,滅亡するのです。
 お恥ずかしい話ですが,若い頃のノートには,「セメレの滅びに幸いあれ!」と書き付けてありました。真理を垣間見て滅亡するのなら,本望であり,そんな羨むべき死はないと思ったからです。それがなぜ望むべき死なのか,この年齢になっていっそう深く分かりました。何とかやるべきことを果たし,道を整えて,私にはそれこそ,その方たちの靴の紐を結ぶ資格もないような,そんな優れた若い人々に後を任せるためでした。
 そのための年が暮れ,年が明けます。