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後朝の歌

 日本古典文学を専門とされる先生方は,私のような外国語担当の教員が「後朝の歌」という言葉を知っているだけで驚いて下さるのですが,古仏語で aube,中世プロヴァンス語で alba,中高ドイツ語で tageliet と言いまして,明け方の別れを嘆く恋人の歌は,中世ヨーロッパの恋愛抒情詩でも重要なジャンルでございます。
 ただし,おおらかな通い婚などは背景になく,露見すれば命を奪われる,文字通り命がけの不倫の恋でありました。


1.
ああ,いつかまた私の身にこんなことがおこるだろうか。闇の中から雪よりも白く,あの人の美しいからだが浮かび上がって見える。そのからだに目を欺かれて,明るい月の光がさしているのかと思ってしまった。
―ああ,そのとき夜が明けそめた。

2.
ああ,いつかまたあの人がここで朝を迎えることがあるでしょうか。私たちの夜が終わろうとするとき,「ああ,もう朝だ」と嘆かずにすむような朝を。あの人はこう言って嘆いたのでした,このあいだ私の側にいらしたときに。
―ああ,そのとき夜が明けそめた。

3.
ああ,あの人は幾度も幾度も眠っている私にくちづけをくれていた。そのときあの人の顔からしとど涙がこぼれ落ちていた。けれども私が慰めると,泣くのをやめて,強く抱きしめてくれた。
―ああ,そのとき夜が明けそめた。

4.
ああ,あの人はしげしげと幾度も私を見つめました。うわがけを取り,何もまとわない私の腕を眺めようとなさったのです。そのことに飽きる様子もなかったのが何とも不思議なことでした。
―ああ,そのとき夜が明けそめた。
(岸谷敞子・石井道子・柳井尚子訳)


1
Owê, --
Sol aber mir iemer mê
geliuhten dur die naht
noch wîzer danne ein snê
ir lîp vil wol geslaht?
Der trouc diu ougen mîn.
ich wânde, ez solde sîn
des liehten mânen schîn.
Dô tagte ez.

2
'Owê --
Sol aber er iemer mê
den morgen hie betagen?
als uns diu naht engê,
daz wir niht durfen klagen:
'Owê, nu ist ez tac,'
als er mit klage pflac,
dô er jungest bî mir lac.
Dô tagte ez.'

3
Owê, --
Si kuste âne zal
in dem slâfe mich.
dô vielen hin ze tal
ir trehene nider sich.
Iedoch getrôste ich sie,
daz sî ir weinen lie
und mich al umbevie.
Dô tagte ez.

4
'0wê,-
Daz er sô dicke sich
bî mir ersehen hât!
als er endahte mich,
sô wolt er sunder wât
Mîn arme schouwen blôz.
ez was ein wunder grôz,
daz in des nie verdrôz.
Dô tagte ez.' (MF 143,22)


 これがドイツ中世恋愛抒情詩ミンネザングの中で,最古のものとされる「後朝の歌」です。男女男女に詩節が割り振られた「相聞歌」になっていて,各詩節の最初の行と最後の行を厳格に反復する様子など,形式的にやや生硬なところが見られるのは,当時の圧倒的な文化的先進地プロヴァンス地方で行われていたトロバドールの歌の詩形をそのまま翻訳受容したからだと言われています。
 しかしそこからミンネザングの特徴が芽生えています。
 第1に,相聞が直接的な男女のやり取りではなく,内的独白の積み重ねになっていて,独特の奥行きを見せます。
 第2に,闇の中でのみ解き放たれる禁じられた愛の営みの中で,当時としては信じられないほど女性が積極的な愛の表現をし,行動に移します。
 特にこの限定されたジャンルの中で女性が見せる積極性・主体性には,20世紀に至るまでこの分野の大家である男性研究者たちを困惑させ続けました。女性の方からそんな積極的な振る舞いをするなどと,そんなはずはない,そんなはしたない,と写本が破損していて疑問のあった個所を復元するのに,議論が脱線し,学問的手続きが歪められたこともあったのです。今からすると冗談のようですが,本当です。
 有難いことに,こういうことも,この分野では一切合切過去のことになり,忘れられてしまいましたが,その代わりこの分野の研究自体が活気を失ってしまいました。日本の古典文学のように,今も生き生きと読み継がれ,その同じ形式で大量の新作が生み出されているような状況ではないからです。
 ヨーロッパの前近代の詩歌に親しめば親しむほど,日本古典文学,特に短歌と俳句の生命力に驚嘆の念を新たにします。定家時代の仮名遣いや文法で,今も大量の作品が生み出され,楽しまれているのは,本当に世界的にまれなことです。それだけ古い形式ですが,現代の戦争も災害も十分に歌い上げることができます。
 ミンネザング自体は300年足らずで歴史を終えますが,そのあと都市市民のマイスタージンガーの歌に模倣されて近世まで生き延びます。その伝統も途絶えました。
 学生の頃私は,中世ヨーロッパ恋愛抒情詩の中でも特に後朝の歌に熱中したので,この衰退が残念でなりませんでした。わずかにあのフリードリヒ・エンゲルスが,中世ドイツの大詩人のひとりヴォルフラム・フォン・エシェンバハ(ワーグナーの『パルジファル』の原作者)について,「われらが老ヴォルフラム・フォン・エシェンバハは,3つの素晴らしい後朝の歌を残した。彼が残した3つの叙事詩より,私はこちらの方が好きである」と,彼らしいウィットを飛ばしているのを見つけられたくらいです。
 私の愛した中世ドイツの後朝の歌,その朝の光は,輝かしい始まりを照らし出してはくれませんでした。
 せっかく新年を迎えたのに,これでは道化師の朝の歌というところでしょうか。

 東西を結ぶ人文知が新たに照らし出される年にいたしたいと存じます。

 皆さま,あけましておめでとうございます。
 今年が皆様にとって実り多い年でありますように。 

朝の歌 補遺

 新年に相応しくないもの悲しいことばかりかいていたので,院生から苦情が来ました。それでは,少しだけ明るい話を致しましょう。

 「後朝の歌」の最も古い例の1つは,Ovidius の "Amores" にあります。ただし,もっと明るく,軽快なものです。
 
 せっかく幸せに愛し合っている恋人に,別れを強いる朝がやって来ます。朝を告げる女神アウローラに,恋人の男性が罵り言葉を浴びせるのが,第1巻13番の歌です。

 心すむまでアウローラに毒づいた男が,最後に読者に語りかけます。


 Iurgia finieram; scires audisse: rubebat;
Nec tamen adsueto tardius orta dies.

 こうして私は矛を収めたのですが,彼女の耳に私の言葉が届いたのがお分かりになるでしょう,だって彼女が顔を赤らめたのですから。
 とは言っても,それで何時もよりちょっとでも日の出が遅くなると言うわけでもありませんでしたがね。

 
 こんな事で喜んでいるようでは,まだ緩いですかね。院生に許してはもらえないでしょうか。 

学長の新年挨拶2017

 本日幹部を集め,学長の新年挨拶がありました。

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 学長は本年の目標を2つ上げられました。

 1)医薬系・理工系・人文社会系の3分野で世界水準の教育研究を展開するべく,昨年まで様々に構築してきた諸組織を活用させ,卓越大学院に採択されることを目指す

 2)近年格段に技術が進んだAIの分野における優秀な人材を育成すべく,普遍教育(一般教養教育)においてAI技術の基礎教育を導入・充実させる

 もとより新たな「高等教養教育」における、artes liberales の現代的展開には,記号論理学・統計学・プログラミング(コンピュータ言語)の基礎が不可欠と私どもも考えていましたので,学長のお話には大いに啓発され,また鼓舞された次第です。
 後任の方々のお邪魔をするつもりはありませんが,これからの大学院共通基礎教育が,このような避けがたい文理融合の方向に発展し,学長が今日触れられた「知能」と「知性」の円満な協働に,「人文公共学府」等新組織が重要な役割を果たしていくことを祈ります。

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「文弱の価値」

 本日昼休みの「あかりんアワー」で,山田賢文学部長による講演「文弱の価値 ―人文的教養を学ぶ意味―」がありました。

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 ご専門の中国史・中国思想に関する該博な知識と深い考察をベースに,誠にアクチュアルなお話であり,大変感動し,学ばせていただいた次第です。特に許可を得て貴重なスライドを下に紹介いたします。お話はこのスライドだけでは紹介できない,何倍も内容のあるものでした。

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 国学の大家にして,中国文化の影響を嫌う,日本ナショナリズムの思想的支柱と目されてきた本居宣長の思想をつかまえ,むしろ武を厭い,文(言葉)に価値を見出し,信頼を置いた中国思想を批判的・発展的に摂取したところに本質があると論じた吉川幸次郎の論文の、そのまた現代的意義を力強く紹介してくださるお話でありました。人文科学への逆風吹きすさぶこの時代にふさわしいテーマであると思います。
 言葉がニュートラルで透明なツールではなく,感情や思考や意志そのものであり,思想形成・相互理解・折衝に欠かせない。そこからしてまた異文化理解における,外国語を学ぶことの思想的・認識論的な意義を訴えてくださったのも,今日苦境に立つ外国語の教員として大いに感銘を受けました。
 ありがとうございました。
 広く若い皆さんに受け入れられることを願っています。





「文弱の価値」 補遺

 山田文学部長に先頃,中国文化を理解するために先ずこれを読めと薦める書物は何ですかとお尋ねしたことがあります。言下に山田先生が上げられたのが,『易教』と『紅楼夢』でありました。
 『易教』は独学では到底私などには歯が立ちそうにありません。『紅楼夢』の方は,少年の頃ダイジェスト版で読んで面白かった記憶がありますが,よく覚えていません。

 この度アカリンの山田先生の講演でとても感動したので,吉川幸次郎の本居宣長論をはじめ,『礼記』や『世説新語』も慌てて手に取り,あちこち拾い読みをしました(みっともないことです)。
 『礼記』「樂記編」にある次の下りが問題になったところでした。

 凡音之起,由人心生也。人心之動,物使之然也。感於物而動,故形於聲。聲相應,故生變;變成方,謂之音;比音而樂之,及干戚羽旄,謂之樂。(「樂記編一」)

 凡そ音(おん)の起るは,人の心に由りて生ずる也。人の心の動くは,物之をして然らしむる也。物に感じて動く,故に聲に形(あら)はる。聲相ひ應ず,故に變を生ず;變じて方を成す,之を音と謂ふ;音を比して之を樂し,干戚(かんせき)・羽旄(うぼう)に及ぶ,之を樂と謂ふ。

 「そもそも音楽の起こるのは,人の心が動くことによって生じるのである。人の心が動くのは,外界の存在するいろいろの物が心にふれ,それに心が感じて動くからである。こうして感動すると,それは声となって外にあらわれる。この感動の声の調子には様々なものがあるがこれらが互に応じあって変化を生ずる。変化してここに曲調ができる。これを音という。音をまぜあわせてこれを楽器で表現し,干戚(かんせき)を手に持ち,羽旄(うぼう)を持って曲調に合わせて舞うのを楽というのである。」(下見隆雄訳)


 干戚(かんせき)というのは干(たて)と戚(まさかり)のことで,武を表す舞を意味し,羽旄(うぼう)というのは羽(はね)と旄(長い毛)のことで,文を表す舞いを意味するのだそうです。
 なるほど音楽論・芸術論・表現論として様々に汲むべき深い意味(文武の違いすら手玉に取ったような最後の文言も含めて)を湛えています。
 しかしもっと興味深いのは,次の展開だったのですね。

 凡音者,生人心者也。情動於中,故形於聲。聲成文,謂之音。是故治世之音安以樂,其政和。亂世之音怨以怒,其政乖。亡國之音哀以思,其民困。聲音之道,與政通矣。(「樂記編三」)

 凡そ音は,人の心より生ずるもの也。情,中に動くが故に聲に形(あら)はる。聲,文(あや)を成す,之を音と謂ふ。是の故に治世の音は安くして以て樂しめるは,其の政和(やわら)げばなり。亂世の音は怨みて以て怒れるは,其の政乖(そむ)けばなり。亡國の音は哀しみて以て思ふは,其の民困(くる)しめばなり。聲音の道と政と通ずるなり。

 「そもそも音楽は人の心より生ずるものである。外界の物に刺激されて感情が心の中で動く,この感動は声によって外に現われ出るのである。この声がいろいろにまぜあわされ抑揚高下の調和統一をへて,美しく文あるものになったのを音曲という。このように音曲は人の心に起因するから,平安に修まった世には,その音曲が安らかで楽しそうであるのは,政治が和を保っているので,人々の心も和らいでいるためである。また乱れた世には,その音曲が怨むがごとく怒るがごとくであるのは,その政治が乱れているので,人々の心がすさんでいるためである。亡びようとする国または亡んだ国の音曲が,哀しそうにもの思わしげであるのは,その人々が苦しんでいるからである。このように声音の道と政治の道とはあい通じるものなのである。」(下見隆雄訳)


 一頃盛んに議論された政治と芸術の問題について,既にここにはっきりと一つの見解が示されているのは,改めて驚き満ちた発見でありました。吉川幸次郎が仕掛けていたことか,はたまた山田先生の策謀か。
 また『礼記』を拾い読みしておりましたら,次のような箇所も目にとまりました。

 大學之法,禁於未發之謂豫,當其可之謂時,不陵節而施之謂孫,相觀而善之謂摩。此四者,教之所由興也。  發然後禁,則捍格而不勝;時過然後學,則勤苦而難成;雜施而不孫,則壞亂而不修;獨學而無友,則孤陋而寡聞;燕朋逆其師;燕辟廢其學。此六者,教之所由廢也。 (「學記編」八)


 大學の法,未發(みはつ)に禁ずる之を豫(よ)と謂ふ,其の可に當たる之を時と謂ふ,節を陵(こ)えずして施す之を孫(そん)と謂ふ,相ひ觀て善(よく)する之を摩(ま)と謂ふ。此の四は,教への由(よ)りて興る所也。  發して然る後に禁ずるときは,則ち捍格(かんかく)して勝(た)へず;時過ぎて然る後に學ぶときは,則ち勤苦而して成り難し;雜(まじ)へ施(ほどこ)して孫(そん)ならざるときは,則ち壞亂(かいらん)して修まらず;獨學にして友無きときは,則ち孤陋(ころう)にして寡聞なり;燕朋は其の師に逆(さから)ふ;燕辟(えんへき)其の學を廢す。此の六は,教への由(よ)りて廢する所也。


 大学の教授の法に四つの基本がある。その一は,学生の悪習をまだいたらぬ状態で禁じることで,これを予という。二は,学生が真に知る意欲を高めた時期をとらえてこれに告げ教えることで,これを時という。三は,学生の思考力の程度をよく考えて,その年令に違わず,その理解の度あいにしたがって教えていくことで,これを孫という。四は,教授者が直接あたるのではなく,学生同志がおたがいの言行を観て,善いものをじぶんのものとし,悪いものを反省して改めていくようにさせてやる。このようんば機会を与えてやることで,これを摩という。この四つのことが教育を支える基本的な事柄である。  「学生の悪習が身についてしまってからそれを禁じるときは,教えがその悪い欲をしのぐことができず,教えの力の入り込むすきまもなくなる。学ぶ意欲を高めた時を逸してしまうと,二倍三倍の努力をしても教えることの内容は身につきにくい。程度の差を考えることもなく教えようとすると,才能の高いものはそれをのばすことができず,低いものはとてもついてゆけないことになり,教育の効果はなくなってしまう。たがいにはげまし合う学友がなくて学ぶときは,自分だけのせまい考えに陥り,聞くことも少なく,学問の進歩はなくなってしまう。言行ともに正しくない友と交わると,先生の教えを素直な気持ちでとりいれることができなくなるし,学問の核心にふれないつまらぬ雑談は,学ぶことへの関心をそぐことになる。以上の六つのことは教育の効果を減ずるもとになるものである。」(下見隆雄訳)


 ピア・サポートの重要性も含めて,現在最もアクチュアルな教育上の課題であるアクティブ・ラーニングに関する議論がここではっきり提示されているかのようです。
 いや,迷うことはない,全くその通りなのだと思います。
 大学教育改革のための先進的な取り組みとして,全国に先駆けてアカデミック・リンク・センターを立ち上げ,育て上げたスタッフの皆さんの理念の深さ,広がり,正しさは,既にして四書五経において確認できると,そう確信して良いのだと思います。例えばセンターが営々と積み重ねてきた小講演会が,山田先生の講演を送り出すことになったのがその証でありましょう。
 センター長並びにスタッフの皆さん,お疲れさまです。皆さんの労苦は報われています。  

「文弱の価値」 補遺 其の二

 『世説新語』の賞誉編の当該箇所は以下の通りです:

 蔡司徒在洛。見陸機兄弟,住參佐廨中,三閒瓦屋,士龍住東頭,士衡住西頭。士龍爲人,文弱可愛,士衡長七尺餘,聲作鐘聲,言多慷慨。


 蔡司徒,洛に在り。陸機兄弟が,參佐の廨中,三閒の瓦屋に住むを見る。士龍は東頭に住み,士衡は西頭に住む。士龍は人と爲り,文弱にして愛す可く,士衡は長(たけ)七尺餘,聲は鐘聲を作し,言に慷慨多し。


 蔡司徒(蔡謨)は洛陽にいたとき,陸機兄弟が,属僚官舎の中の三間んぼ瓦ぶきの家に住んでいるのを訪ねた。士龍(陸雲)は東側に,士衡(陸機)は西側に住んでいた。士龍は人となり文雅風流で親しみやすく,士衡は身のたけ七尺あまり,声は鐘のようで,その言葉には慷慨の気が満ちていた。(目加田誠訳)


 陸雲(262-303)は西晋の文学者・政治家で,兄と共にその優秀さを称えられた人だそうです。残念ながら戦乱の中で不幸な死を遂げたようです。『晉書』の卷五十四,列傳第二十四に詳しい評伝がありますが,私にはとても読みこなせません。これから少しずつ頑張りましょう。
 陸雲は何しろ学識の豊かな上に,人に慕われる温和な人柄であったようです。そうでなくては政治家は務まりますまい。非業の死を遂げるまで温和な文弱を貫いたこの偉人の爪の垢でも煎じて飲みながら,私も残りの人生を歩みたいと思いますが,謦咳に接することはもとより叶わず,爪の垢も手に入りません。
 

冬来たりなば ―小寒のキャンパス

 寒さが厳しく,風邪で倒れる人が続出です。キャンパス内もすっかり冬枯れです。天気が良い分,寒々しさもひとしおです。どうぞ皆さまご自愛下さい。

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 旧薬学部棟の前の池のカメが,ひなたぼっこをしていました。無断で写真を撮ったのが気に入らない様子で,睨まれました。

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 それでも小さな花やつぼみは見つけられました。我がキャンパスで一番の貴重品と言えば,これ。

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 冬枯れの中で健気に咲いている子もおりました。

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 ここは拙訳で失礼しますが,有名なシェリーの「西風へのオード」を響かせましょう。(ところで最後の一行を「冬来たりなば春遠からじ」と上田敏が訳したというのは間違いなんだそうですね。確かに『全詩集』には見当たりません。)

Drive my dead thoughts over the universe,
Like wither'd leaves, to quicken a new birth;
And, by the incantation of this verse, 65
Scatter, as from an unextinguish'd hearth
Ashes and sparks, my words among mankind!
Be through my lips to unawaken'd earth
The trumpet of a prophecy! O Wind,
If Winter comes, can Spring be far behind?

我が死せる思いを,枯葉のごとく
世界中に吹き散らせ,新生を勢いづけんがために。
そして,この詩行を呪法となし,我が言葉を,
消えることなき炉の火から起こる灰と火花のごとく,人類の間に撒き散らせ。
我が唇より発して,まだ目覚めぬ大地に向かい,
預言の号音たれ。おお,西風よ,
冬来たりなば,春なお遠きにあるはずがあろうか。 

ドン・フアンの源流

 スペイン文学・演劇が専門の同僚,山口元先生は,学問業績が立派で国際的に通用するだけでなく,温厚で人好きのするお人柄も国際的で,メキシコをはじめ中南米の諸大学と千葉大学が交流するのに,またとない仲介役を務めています。お金の話や先進技術の話など実利方面に十分互恵的な条件があっても,あと一つ文化的素養と理解力,そしてリスペクトを感じる人間性で信頼関係を築いていくことが国際交流にはこれからますます必要で,グローバルの時代に山口先生のような人をスタッフとして持てる千葉大学は幸せだと思います。
 とは言っても,本業の教育研究の時間をつぶさせ,管理業務や外交にばかりこき使ったのでは本末転倒です。これからは教育研究と管理業務との両立が出来るように有能な人材を活用するのがリーダーの必要条件であろうし,また自力でも二つの方面の両立が出来て,大学人として生き延びられるのが有能な人材の側の厳しい使命でありましょう。山口先生はその課題を見事にこなしていて,後進の鏡になっています。
 一昨年,山口先生がスペインの学術論集に発表して高い評価を受けた "La estructura narrativa del Don Juan de Torrente Ballester" をたまたま読む機会があり,尊敬の念を新たにすると同時に,大いに触発を受けた次第です。

 中世ヨーロッパで圧倒的に愛好された叙事詩の素材と言えば,アーサー王伝説とトリスタン物語でありました。各国語で多くのヴァージョンが存在し,その広がりを感じさせます。(余り知られていないのですが,トリスタン物語はフランス語圏で集大成されましたが,断片でしか伝わらず,ほぼ完全な作品は中高ドイツ語で現存しています。)
 これが近世に入ると,人々の好みも問題意識も変わってきて,文学が特に取り上げる素材,「伝説」と呼ばれることが多いのですが,それが別の4つになります。すなわち:ハムレット,ドン・キホーテ,ファウスト,そしてドン・フアンです。スペイン物が2つも入るところに,ヨーロッパ近代文学成立に果たしたスペイン文学の重要性が垣間見えます。家族の崩壊と青春の悩み,時流に逆らって理想と大義を追う滑稽さ,知識と理性にのみ生きようとした学者の破滅,そして現世の享楽をひたすら追求した反逆児の滅亡と,現代人の苦悩の形がそれぞれ典型的に形象化されているわけです。
 
 手元にモーツァルト/ダ・ポンテの『ドン・ジョバンニ』(1787) 以後,ドイツ語圏でドン・フアン神話を扱った文学作品の名作選がありますが,これだけで既に50作品入っています。
 山口先生は,このドン・フアン伝説を再び現代スペイン文学の大作家バジェステルが取り上げて1963年に作品化したものを研究されたのでした。いわばドン・フアンの末裔ですが,及ばずながら山口先生に刺激を受けた私は逆の方向にたどりまして,ドン・フアンの源流を見つけたので,今年度中に研究プロジェクトの報告集で公表いたします。
 ルーセ『ドン・フアン神話』など見ても,19世紀の末に古老から聞き取ったという説話がドン・フアンの原形として紹介されているのが、もっとも古い例のようです。たまたま私の目にとまりましたのは,Joseph Klapper という文献学者が1911年に出版した "Exempla aus Handschriften des Mittelalters" の中に収録されているものです。まだシレジアがドイツ帝国領であった時代,中心都市のブレスラウ(現在はポーランドのヴロツワフ)の大学図書館に集められていた写本から説話を集めたもので,民俗学や素材史研究では今日でも一級の基礎資料です。サガン(現在はポーランドのジャガン)の律修参事会で15世紀中頃に成立した写本に記されている説話だそうです。
 調べれば誰でも分かることで,大した発見ではありませんが,間違いの多いラテン語原文に日本語訳を添えて,現代文学でドン・フアンを研究される方々に話題提供できればと思います。不勉強で千葉大の足を引っ張るばかりですので,多少の言い訳が出来るようにしたいと思います。
 山口先生,いつもお世話になります。ありがとうございます。

水島治郎『ポピュリズムとは何か』

 千葉大の誇る政治学者,法政経学部教授の水島治郎先生が,本日1月16日(月)夜22時から,TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」に出演し,「ポピュリズム化する世界!? ポピュリズムとは何か? そして、その功罪とは?」というタイトルで,最近出版されて評判になっている著書『ポピュリズムとは何か』(中公新書)について存分に語るようです。
 間際になっての宣伝で申し訳ありません。雑談してる暇に,こういう肝心のことを宣伝しなくてはいけません。国際政治の焦眉の問題です。しかし,まだ間に合います。どうぞよろしくお願いいたします。

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うっすら雪化粧

 千葉では珍しいことですが,本日午前中に雪が降り,構内もうっすらと雪化粧をしているのが見られました。

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 もう止んでしまい,はかなく溶けていきます。
 そうなるとなんだか残念に思ってしまうのが,雪に苦しむことのない地域で暮らしている者の甘さであります。先週末から豪雪で難儀をなさった地方の皆様,ごめんください。