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スコポス

 1980年代のドイツから始まったことですが,翻訳研究でスコポス(翻訳目的)ということ言います.原テクストを絶対的規範であるかのように捉え,これをできるだけ「正確に」別言語に「移す」ことを翻訳の本質であると考えるのではなく,翻訳する側の「目的」に従って様々な翻訳テクストの可能性があるとする考え方です.
 だいたい戦前から既に戸坂潤が断言していますが,一語一語の「概念」をそのまま翻訳することは不可能で,翻訳が可能なのは理論の枠組みだけだ,とされます.
 科学技術関係の教科書やマニュアルなどだと,通例英語で書かれていて,しかも内容は科学的で,素養のある人間なら誰でも理解できるわけだから,翻訳の「良し悪し」などに文句を付けている暇はない,英語の原テクストを理解するためのほんの手がかりだから贅沢は言わない,という話を技術系の方から聞いたことがあります.翻訳が気に入らなければ,英語原文で読むまでだ,ということですね.
 これに対して,文学作品などエンターテインメントとなると,素養の無い人間が楽しめるものでなければ翻訳の意味が無いから(研究するのだったら原文に当たれば良いことですから),翻訳も創造的になります.
 極端な例が,ポプラ社版の南洋一郎訳『ルパン』シリーズと,山中峯太郎訳『ホームズ』シリーズであることは,よく知られています.子どもの頃ポプラ社版のルパンやホームズに親しみ,大人になって懐かしくて「完全訳」の方に手を出してみると,全然印象が違っていて,昔のように面白くなく,がっかりした経験を持つ人は多いと思います.先日授業でこの問題を取り上げてみたら,今の学生でも同じ経験をしている人がいるらしい.原文・完全訳・ポプラ社版で比較して見せてあげると,これほど違うのかと驚嘆していました.今の人ですね,学生達が先ず第一に心配するのが著作権のことで,知財に関して意識が高まったのは良いことだと思います.―――以前の翻訳状況で著作権の問題がどれほどすさまじい扱いを受けていたか,私らは見聞きした最後の世代ですが,まだとてもエピソードをご紹介できません.

 私自身恥ずかしながら拙い翻訳を出したこともあるし,それ以上に,翻訳を行っている人から,ラテン語の引用句などの質問を受けることが多々あります.研究者同士の楽しいやりとりになるとは限りません.言語学者が丁寧に説明しようとすると人が逃げ出すのは有名ですが(公平に言って,趣味に走ったこっちにも悪いところはあると思うが),素人や学生ではなく,同業者すらそれをやってくれます!
 AかBか答えてくれれば良いんだよ!みたいな駄々をこねられるのはまだ良い方で,じらさずに,早く答えを言えよ,みたいなのさえあります.
 問題のラテン語が出ている原文と翻訳ゲラを見せてくれるのですが,ラテン語どころか,ドイツ語の地の文の翻訳がそもそも「間違って」います!いえ,良い日本語とか言ってるんじゃなくて,否定と肯定が逆になってたりするのです.ついでにそれも翻訳者に向かって指摘するのですが,ラテン語以外のことでお前に口を出される覚えはない,とばかりに無視されます.

 先に紹介した「文系は糞bot」さんで感心したのは,白水社のクセジュ文庫や法政大学出版会の翻訳の問題点を指摘してあったことです.文系の人間でも,手に取りにくい面倒な書物が目白押しなのに,よく勉強されていることです.
 あのタイプの学術書の翻訳が,スコポスから見ても一番難しいところです.専門的な学術書としても,専門外の教養書として楽しめるものとしても通用する翻訳でなければなりませんから.
 クセジュ文庫の元になったフランス語の叢書は,元来高校生がレポートを書くための参考書だから,「正確な」翻訳などより,翻訳者が日本の学習者向けにそれぞれのテーマの入門書を自由に書き下ろした方が良いと思います.荷が重いことはない,そちらの方が話が早いと思いますが,そういうものはなかなか売れないという出版状況の厳しさが問題です.

 国際的文化交流もグローバル化も,現場で一番大事なことは,色々なレベル,様々なスコポスに基づいた広義の翻訳です.もっと多くの人に翻訳研究の価値と奥深さが理解されることを望みます.

西村靖敬先生、お疲れさまでした

 1月25日(木)に,一足早く西村靖敬先生の最終講義とお別れ会がありました.30年にわたって千葉大学における比較文学・仏語仏文学の教育研究を牽引してきた先生と,今年度限りでお別れとなるのは,本当に残念でなりません.何事にも誠実真摯で,しかも冷静沈着,穏やかで優しい態度を崩すことのなかった西村先生はまた,学生からも私たち同僚からも,とても慕われ,信頼され,尊敬されていました.
 国立大学法人化で千葉大学が揺れていたときも,穏やかな中に毅然たる態度で筋の通った西村先生の発言に感銘を受け,千葉大学文学部教授会はまだ40代であった西村先生を学部長に選出しました.以来学部長2期,引き続いて図書館長を務め,その後も各種役職を歴任し,法人化後の初代文学部長として私たちを導いてくれました.かくて西村先生の人柄と能力と責任感につけ込み,私たちは西村先生を極限まで酷使したのであります!
 愚痴一つ口にせず責務を果たしながら,西村先生は研究にも着実に成果を上げ,優秀な学生を育ててきたのです.その厚みが,最終講義で胸に染みてきました.

 比較文化研究は,名称をもっと相応しいものに変えた方が良いと思えるほど,誤解されている,と西村先生は最終講義の冒頭から,簡明に比較文化研究を定義します.第1にトランスナショナルな対象を扱うものだ,第2に芸術の諸ジャンルを超えて影響関係を扱うものだ.作り手も受け手も,言葉や民族の違いなど気にせず,交流し,理解し合っている.言葉の違いを越えられない障壁と捉えているのは,むしろ研究者なのではないかと思うと,明快に指針を示します.それから―――
 それからが真骨頂です.ドイツ語・フランス語・英語・日本語等の原文を精密に分析しながら,「内的独白」の技法の伝達受容を,森鷗外までたどっていきます.比較文学研究に不可欠な第3のポイントが,精密で科学的な多言語テクストの解釈と比較考察であることを,それ抜きにしてはありえないことを,西村先生はまさに実例で示していくのです.
 これは私たちの原点でした.ここから夢と希望をもって歩みだし,また戻ってくるべき場所でした.西村先生の苦労に比べれば何ほどでもない管理業務の忙しさにかまけ,ろくに勉強もしなくなったいた私は本当に恥ずかしい思いをしました.

 西村先生,本当に有り難うございました.
 もっと研究や教育のお話しがしたかったと思います.
 もっと多くのことを教えてもらうべきだったと思います.
 お元気で.

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Elliott Carter

 先日,日経新聞の文化欄で,ピアニストの朝川万里氏が,アメリカの作曲家 Elliott Carter (1908-2012)へのオマージュを書いていました.新しい音楽の可能性を求めて,文字通り心血を注ぎ,真摯に努力を積み重ねてきた一人であると思います.その分,カーターの音楽は密度も緊張度も高く,彼のピアノ曲,例えば代表作の一つと言われる ”Night Fantasies” など,20分余りの長さですが,それだけの時間,緊張を持続させ,精密に作られた音の流れを追っていくことが私にはできません.直後に Webern を聞くと,その良い意味での保守性や抒情性にほっとするほどです.若い頃はあれだけ手強い相手だった Webern なのに.

 けれども,初期の頃の,新古典主義的であったカーターの "Elegy" は好きです.10代の頃感じていたことの全てがこの一曲あるような気がします.いや,全てではない,他の一切の雑音騒音夾雑物の中で,感じるべきであったこと,感じる必要があったこと,感じていたかったことーーー今にしてやっと分かるその全てがあるように思えます.なぜあの時でなく,今聞いているのだろう,そう思います.好きな曲を聞いたときは,いつもそう思います.
 今はネットを通じ,かなり特殊な音源でも聞いてみることができます.若い頃には想像もできません.あの頃は,年寄りの回顧をお許し下さい,NHKラジオの「現代の音楽」という50分の番組が現代音楽に触れられる殆ど唯一のチャンスで,私の頃は上浪渡氏や柴田南雄氏の解説で色々なことを学んだものでした.
 大げさではなく,思うのですが,あの頃カーターを知っていたら,親しめる環境にあったら,私の人生は全く違っていたのではないかとさえ思います.

 エロル・ガーナーの「ミスティ」が好きだと言うと,ジャズの通たちから鼻先で笑われると聞いたことがあります.カーター理解者の皆さんの前で,「エレジー」が好きだと言うのも,同じ大胆なことかもしれません.
 
 音楽の魅力の物質的基礎は,中学校までの数学や理科の知識で理解できます.(言語の基礎になる音声も同様に扱えます.)私に責任が持てるのはその程度までですが,いつか授業で,そこまで立ち入って音楽の文化的・精神的意味を探る話ができたら良いと,夢を抱いています.
 俗に,数式と楽譜と横文字は,学生や聴衆がこちらの話を聞いてくれなくなり,逃げ出す三大要因だと言います.その全てが登場してしまう授業になるので,大変な目論見です.
 どなたか付き合ってくれませんか,年寄りのはかない夢に.

 

@さよなら文系

 ツィッターの面白い投稿の中に,「文系は糞bot」というのがあり,独断と偏見が売り物で,毒のある露悪的な表現ですが,なかなか面白い内容で,私のような職にある者を考えさせてくれるのです.しばらく投稿が途切れていたので寂しく思っていたら,気付かないところで「文系は糞bot.zwei」やら「文系は糞bot.drei」があり,中の人の関係は分かりませんが,ますます意気軒昂で怪気炎を上げており,安心した次第です.表現が色々過激なので,そのままここでご紹介できないものが多いのですが,比較的穏やかなところで心に残ったものを引用させて頂きます.

米国で働いてる某日本人文系大学教員曰く、文系学問で死期が近い分野の見分け方があるそうで、それは「人と人とのよりよき結び付き」とか「充実した生のいとなみの評価」みたいに「やさしい世界」的なワードをたくさん使った結論の論文が増えてくるとそこの人材が枯れてる証拠なんだそうです。


大学の文系科目の期末試験なんて、授業内容丸暗記記憶テストか採点基準意味不明の作文コンテストのどっちかしか無いよな。人文系の教員なんかだと作問能力が大学受験の時で完全に止まったままだったりする。暗記教育を脱せよだの口先だけで実際は丸暗記テストしか作れないし論文も書けない糞文系。



昔の法政大学ウニベルシタス叢書や白水社クセジュ文庫とかの時間切れでヤケクソ書いた英文和訳の答案みたいな誤訳まみれで無茶苦茶の日本語見てると、ああやっぱりこれが日本の文系の能力の限界だったんだろうなと思いますしそれを読んで育った世代の学者も馬鹿ばっかりなんだろうなと察しが付きます。


お前ら糞文系は少しはこのbotの存在を有難がれよ。だってここまで文系にも分かるように理系の文系観を言語化して説明してるものなんて多分これから一生他に見ることも無いと思うよ。一見怨念吐き出しに見えて一つ一つの呟きがもの凄いディープな文理対話であることに気付けよな。引用自由だからな。


数字に弱く、機械音痴で、論理的思考力に欠け、忍耐力が無く、近視眼的で、常に人のせいにしてばかりで、自堕落で、嘘つきで、嫉妬深く、屁理屈ばかり捏ねている愚か者… これが理系から見た文系の率直なイメージね。 つまり、履歴書に「文学部卒」とか書いてると理系はこういう風に人を見る。


人当たりの良さそうで、穏やかな物腰の理系老教授が秘めた文系憎悪って本当に凄いよ。 お前ら文系は理系学部の内情知らないから想像も出来ないだろうけどな。まさか、あの笑顔のおじいちゃんが、って感じだよ。


 これから本部の会議に参りますが,礼儀正しく接して下さる理系学部の幹部の先生方も,腹の中ではこういう風に思っておられるんだなと肝に銘じ,世の中を甘く見ないように気持ちを引き締めて行きたいと存じます.
 理科系の先生方,これまでの失礼の段,どうかお許し下さい.

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2018年仕事始め

 学長新年挨拶がありまして,短い年末年始のお休みも終わり,仕事始めとなりました.これまでの大学改革の成果を踏まえ,一層大胆な道に進む決意を示した学長の言葉は,動画で公表される予定と聞いています.(毎度下手な素人写真で申し訳ありません)

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 各自与えられた部署で,若手の方々と学生の皆さんに,何が残せるか,それに尽きます.

 どうぞ本年もよろしくお願いいたします.

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明けましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
 新学府もおかげさまでようやく最初のお正月を迎えられました.皆さまの御理解とご支援を賜りまして,何とか新しい組織も制度も進んでおります.国の内外で何かと先行きの知れない情勢に脅かされながらも,人文社会科学の一灯を更に守り育てていきたいと存じますので,いっそうのご指導ご鞭撻を頂けますよう,心からお願い申し上げます.

 詳しくは申しませんが,自分の勉強はおろかのこと,楽しい授業準備もそっちのけで,大量の書類仕事に追われております.

 とは申せ,誰かの目を盗むかのように,『ポップカルチャー論』の授業には避けて通れないだろうと菊池寛の事を調べ直し,あまつさえ作品の一部を読み返したりもしておりますので,まだまだ書類仕事への真剣さが足りないとお叱りを蒙るかも知れません。

 更にまた,恥ずかしながらようやくKindleを入手しました。間違って須賀原洋行『うああ哲学事典』上下のKindle版を発注してしまい,これをきっかけに前から欲しかったKindle本体も購入にした次第です.手に入りにくかった上の菊池寛の作品も,Kindleで落としました.
 Kindleで感嘆したのは,著作権の切れた名著が安く入手できることで,Oxfordの古典ギリシャ語辞典も,ラテン語辞典も,サンスクリット語辞典も,何百円という程度の価格で入手できるだけでなく,ラテン語に到っては,英語など現代語のようにテクストに組み込んで使える,ということでありました.
 残念なことにギリシャ語は変化形が追いつかないらしく,またサンスクリット語はアスキーベースで翻字してあるため,テクストに組み込めません.どなたか良い方法を御存知の方は是非ご教示下さい.
 EbWingというフリーソフトを使えば,古典語の電子辞書が自分で作れることは以前に知り,自分も大いに活用させて貰い,学生諸君にも勧めています.今回ようやくKindleでも格安で古典語の学習が可能である事を発見し,喜んでいます.

 短い年末年始のお休みに,書類仕事から逃避しつつ,こんなことにちょこちょこ幸せを見出しております.

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クリスマスおめでとうございます

 年末は28日まで仕事,年始は4日から仕事。しかもこの短い休みの間に読み切らなければならない5cmばかりの分厚い書類の束.インフルエンザに倒れないでいられるのがもっけの幸いです.何とか時間をみて,久し振りに教会に行き,クリスマスミサに与ってきました.
 皆さまの上にも平和がありますように.

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鷺来たる

 図書館前の語らいの森の池に,また鷺が来ているようですが,私では判別できません.カラスではないようですし,カラスをサギだと言い張る気もないのですが.
     
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アドヴェント

 アドヴェントになったので,例年通り,個人研究室にも学府長室にもクリスマスの飾り付けを致しました.手伝ってくれていた学生達の多くが卒業・修了,そして就職してしまい,今年は随分淋しい思いをしました.

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「チバニアン時代」来たる!

 地球の歴史で約77万~12万6千年前の年代が「チバニアン」(千葉時代)と命名される見通しになったそうです.日本名としては史上初.地域の話題としても,何だか晴れがましいものです.

http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/171113/cpc1711131406001-n1.htm