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上村清雄へのレクイエム

 千葉大学の人文科学研究が多大な恩顧を蒙った上村清雄先生が10月17日に逝去されました.享年65歳,教育研究の責務を全うしたいと,病をおして学生指導を熱心に続けられ,在任期間をあと半年残しての訃報でありました.とにかく優しい気さくな人柄で,学生達に慕われ,同僚にも信頼されていました.ーーー若桑みどりへのレクイエムに続いて,まさかこのブログで上村清雄へのレクイエムを歌うことになるとはゆめ思いませんでした.
 毎日夜8時過ぎ,授業後の雑用を片付け,院生と「諦めが肝心だ」などと声を掛け合って研究室を閉じ,西千葉駅のミスタードーナツで休んでいると,よく上村先生と同席することになったのです.こっちもよく食べましたが,上村先生も毎日のようにドーナツを召し上がっておられた.時には小さな袋に一つだけ買い求め,お持ち帰りの様子でした.だから,専門分野が違っていても,うちの院生・ポスドクもひどく落胆し,寂しがっているのです.
 時間が出来たら,イタリアルネサンスの美術について,じっくり研究書をまとめたいと漏らしておられた.その時のうつむいた控えめなその声も,表情も今でも思い出せます.

 カヴァレリア・ルスティカーナのインテルメッツォがお好きだったのですか.お世話になった教え子と共に,毎年秋になったら,あの曲を聴きながら,ドーナツを食べることにします.

 すみません.全然アカデミックなご挨拶にならずに.

 Requiem eternam dona eis, domine.
Et lux perpetua luceat eis.

Black Box

 秋学期が始まってから,何しろ「自転車操業」でようやく管理業務も授業も片付けている有様なので,こちらの書き込みが滞ってしまいました.
 無事学府長室に復帰いたしました.また,進学説明会には沢山のご参加を有り難うございました.

 研究もなかなか捗りませんが,これだけはどうしても読んでおきたかった本をやっと手に入れました:伊藤詩織『Black Box』

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 教え子の女子学生達も,様々な困難をはねのけてキャリアを切り開こうとしています.自分の娘も大学生となり,積極的に海外研修に参加しています.何も力になれずに歯がゆい思いをするばかりですが,そんな中でこの本には決して無関心ではいられません.支援の輪が広がることを祈ります.

進学説明会

 人文公共学府では,大学院進学に興味がある学部生,他大学院生,社会人のみなさんに向けて進学説明会を開催いたします.
 学府および研究分野ごとの説明の後,個別相談会も開催したしますので,奮ってご参加ください.

  7月12日(水) 公共社会系
  7月13日(木) 人文系
10月18日(水) 公共社会系
10月19日(木) 人文系

場所 文学部棟2F 203講義室
時間 17:00 ~18:30 (予定)

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修了式

 昨日前期卒業式・修了式がありました.私どもの人文社会科学研究科から修士2名,博士2名の修了生を送り出しました.修了生の皆さん、おめでとうございます。

 改組で大騒ぎをして,旧組織の人文社会科学研究科在学の皆さんに居心地の悪い思いをさせたのではないかと案じています.新組織の方はまだ修了生を送り出してもおりません.旧組織とはいえ,人文社会学研究科は厳然と存在し,在学する皆様が修了されるまで責任を持ちます.

 大学院が一人前の顔をしていられるのは,なんと言っても,どれだけ優秀な修了生を送り出したか,修了生の皆さんがどれだけ立派に活躍しておられるかにかかっています.若手の教員の方々が研究業績を上げてくださるのも大学院にとって重要ですが,それも優秀な学生を惹き付けてくれるところに意味があります.私のように去りゆくだけの老年ともなれば,後進を育てる以外に,またそのことに間接的にせよ少しでも貢献すること以外に,何の存在価値もありません.
 今回巣立っていかれた修了生の分だけ,私たち大学院の教員は,更にまた誇りを持って生き延びていけます.修了生の皆さんには,お祝いの言葉とともに,心からお礼を申し上げたく存じます.

 これからどんなに辛く苦しい時代が来ようとも,ここに蓄積された学問的人間的つながりが太く静かに守られ,育まれ,差別と偏見を超えて社会的国際的連帯を支える基礎となりますように.

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梵和同一説?!

 「梵和同一説」とか「梵和同祖論」とかいうものがあると聞き,どうせまた面白おかしいトンデモ説の類だろうと思っていたら,あの慈円が唱えたと聞き仰天してしまいました.恥ずかしながら,ようやく金文京『漢文と東アジア――訓読の文化圏』(岩波新書)を手に取り,大体の概略を知りましたが,それでも最初は何を言っているのかさっぱり分かりませんでした。
 明覚(1056-1106)が『悉曇要訣』の中で「三朝の言,一言も未だこの五十字を出ざるなり」と断じ,悉曇研究によって到達した音節論がサンスクリット語・中国語・日本語の3言語に等しく適応できるところから,この3言語が同一であるとの結論に達しているそうです.慈円(1155-1225)の『拾玉集』には「梵語はかへりて近く,やまとごとには同じ」と,サンスクリット語と日本語の親近性を主張しているそうです。
 こういう考え方には,当時梵語仏典を,漢訳を経て和訳する作業が国際的に進む中で,「動詞―目的語」の語順に関する3言語の違いに注目が集まったことなども影響しているようです.簡単にまとめれば,サンスクリット語は「目的語―動詞」の語順だが,中国語は「動詞―目的語」の語順になるので,翻訳の際に一々転倒させる.ところが日本語はサンスクリット語の語順と同じく「目的語―動詞」という語順を取るので,和訳する際にもう一度語順を転倒させ,元の語順に戻すことになります.文化的権威の問題から漢訳を通過することは不可避でしたが,無駄な手間がかかっていると日本の知識人たちが気付きはじめたということのようです.
 確かにサンスクリット語は,印欧語の他の古代語と同様,動詞を文末に置き,情報伝達上の重要性から判断して順に他の語を文末から文頭へ並べるような語順を取ることが多いようです.しかしこれは一般的な文法規則とは言い難く,むしろ翻訳作業のための実用的な知恵というところでしょう.悉曇学の音節論が3言語に当てはまるというのも,余りにも粗雑な考え方であり,悉曇学によって素朴な形にせよ科学的な音節論が誕生する中で,その普遍性に対する確信と感動の表現が誤っているとしか思えません。
 あれほど学問のある一流の人々がなぜまたこんなことを言い出したのか,しばらく不思議で仕方ありませんでしたが,これはやはり先人の努力と成果について正しい理解を持てない,私の浅はかさでありました.今の時代に「梵和同祖論」などを唱えれば,「英語と日本語を比較してみると,日本語の特徴は主語を置かないことである」のような珍説に過ぎません.
 やっと分かったのは,明覚や慈円には,3言語以外に比較する(或いは比較するに足る)言語などなかったということでした.今から考えれば,系統の全く異なる3言語だけをぽんと渡され,翻訳したり,比較考察したりせねばならなかった訳です.今の時代だからこそこれまで営々と積み重ねられてきた他研究成果の上にあぐらをかき,ラテン語やギリシャ語と比較してみれば直ぐ分かることではないか,などと気楽な感想も言えるのです.
 前にも紹介しましたが,桂川甫周『北槎聞略』の付録に,大黒屋光太夫が書いたらしい,キリル文字によるロシア語の音節一覧があります.明らかに悉曇学の方法が適用されています.こんなところにも先人の努力がそっと実を結んでいるのだと思います.

 いけませんね.歴史言語学の末席を汚す者のくせに,こんなに安々と初心を忘れるようでは!

『アーブル美術館』

 何時までもひどい残暑が続きますが,みなさんはお元気でお過ごしでしょうか.

 余りに仕事が捗らないので,暑気払いについ買ってしまったお楽しみの本を紹介します。

 1冊は,もう一昨年に出版されたものですが,『柳原良平の仕事』です.

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 もうお若い方はご存じないかも知れません.私にとっても,酒が飲めない上に,一世代上の男性の文化ですが,父も伯父も亡くなり,自分も老齢に達すると,愛着が増してきました.自分がアンクルトリスに似てきたからに違いありません.家族は喜びませんが,こんなシャツなど気に入っています.

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 もっと本格的に楽しかったのは,これも一昨年に出版されたものですが,藤原晶子さんとお子さんたちが名画の自由な模写をした『アーブル美術館 大贋作展』です。全部紹介できないのが残念で,是非手に取って下さい。俵屋宗達の「風神雷神図」の模写は,棟方志功が描いたんじゃないかと思わせる出来だし,ピカソやロートレックは,こっちが本物だと言われたら騙されそうだし,本当に伸びやかに名画たちが発展しています.芸術のオリジナリティとか伝承とかいうのはこういうことなんだなと,不思議にとてもわくわくしながら感じられる1冊でした。

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引き続き待避!

 9月に入って,まだ授業こそ始まりませんが,会議は連日2つ3つと続きます。例年のことで,予定していた研究も勉強も仕事もまるで進みません!学府長室のエアコンが夏中故障で,せっかく修理してもらったと思ったら,また不具合が見つかったそうで,学府長室から個人研究室への待避状態が続いています。連絡が取りにくくご迷惑をおかけしています。自主ゼミもまともに開けない状態で,残念です。この隙に,せめて少しでも教材の準備を進めておきます。

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女子の留学

 休みも終わりかけていますが,この夏を利用して多くの学生が海外研修に出かけたことと思います。昔に比べて留学はずいぶんハードルが低くなったように言われますが,それでも心身ともになかなか負担の大きいものであることは変わりないと思います。30年以上前の自分のことを思い出しても,胸を膨らませて出かけ,目も眩むような楽しい出会いにも発見にも体験にも恵まれましたが,辛く寂しい思いも沢山しました。今は自分や当時の仲間の子供たちがあちこちに留学し,交流しているのを見ると,胸がいっぱいになります。
 こんな経験をしながらつくづく思いをはせるのは,近代日本創世記の留学生たちのことです。特に女子留学生の並々ならぬ苦労を思うと,粛然たる気持ちになります。津田梅子・瓜生繁子・大山捨松の話を,機会を見ては学生たちにするようにしています。既にアメリカに向かう船の中でこの女子留学生たち(この3人ではなく,志半ばで惜しくも体調を崩して帰国した年長の2人だそうですが)に対するセクハラ事件と模擬裁判という騒ぎまであったのだそうで,女子留学生の身の危険は今も昔も変わりません。
 そんなことを思いながら,2017年度松本清張賞を受賞した滝沢志郎『明治乙女物語』を楽しく読みました。タイトルや本の装丁に批判もあるようですが,私は気になりませんでした。自立と自活と男女同権を目指して初期の女子高等教育や留学に挑み,苦労しながら成果を積み重ねていった少女たちの話を,もっともっと,いくらでも,いろんな形で,楽しい物語にしてほしいと思います。私の学生たちや娘たちが今あるのも,この人たちのおかげだと思うのです。

水島先生,石橋湛山賞受賞!

 昨日8月22日(火),中公新書『ポピュリズムとは何か』(著者・水島治郎、2016年12月20日発売)が,2017年度・第38回「石橋湛山賞」を受賞したと発表がありました。
 「日本でも既存政治への不信が募るなか,ポピュリズム的現象と直面しつつあり,本書のもつ価値はきわめて高いものがある」と評価されたということです。
 水島先生,おめでとうございます。

 水島先生は,本学府の基本理念である公共学を担ってきた中心的メンバーのお一人であり,水島先生の受賞は本学府にとっても大きな喜びであります。

未払い賃金の叫び

 学府長室並びに会議室のエアコン修理が8月いっぱいかかりそうです。個人研究室の方に待避する状態が続いています。おかげでこの夏休みは,研究語学支援授業を積極的に開けないでいます。一人ずつなら何とかなりますので、どうか遠慮なく相談に来てください。

 このブログの更新も遅れ,とうとうお盆休みも終わってしまいました。先にベン・シラの嘆きをご紹介したので,今度は新約聖書から「未払い賃金の叫び」を紹介します。案外知られていませんが,キリスト教の立場から労使関係を考える人々には良く知られた箇所です。

「ごらんなさい,あなたがたの畑の刈取りをした労務者に未払いになっている賃金が叫んでいます。そして,刈入れをした人々の叫びは,万軍の主の耳にはいっています。」ヤコブの手紙5.4

ecce merces operariorum qui messuerunt regiones vestras qui fraudatus est a vobis clamat et clamor ipsorum in aures Domini Sabaoth introiit. Epistula Iacobi 5.4

 新約聖書の最後の方,パウロの書簡の後,「黙示録」の前に,「全キリスト者への手紙」と呼ばれる書簡(ヤコブ,ペトロ,ヨハネ,ユダ)が7本あります。このうちの「ヤコブの手紙」の中にある,金持ちに対する警告の部分です。「全キリスト者への手紙」は,順不同で分かりやすく知恵や道徳を説くタイプのもので,あまり注目されることはありませんが,親しみやすいものです。この個所も,旧約聖書の「知恵の書」1.16-2.20にるる述べられ,糾弾されている「悪人の人生観」を分かりやすく説明したもののようです。

 ともかくも,ここにある通りです!ごたごた言うことはありません!
 人を奴隷扱いして,尊い労働を買い叩いたり,不払いという形で盗むなどは,はっきりとした悪であり,人の心があるならばすぐに改めるべき犯罪です。「万軍の主」にお出ましいただくのも心苦しいほどです。

 こき使われ,苦しめられている若手研究者の皆さん。暑い夏のさなかにも,雨の降る中も,何かと雑用にこき使われている若手研究者の皆さん。主はあなた方とともにあります。きっとあなた方を迫害している悪人には罰が当たりますから。(罰せられるのは,まず私からですね,ごめんなさい,分かっています・・・)